odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

東野圭吾「虚像の道化師 ガリレオ7」(文芸春秋社)

 帯には「ガリレオシリーズ最新刊」と書いてあるが、いったいなんのこっちゃ。そんなタイトルのTVドラマがあるらしいのを新聞のTV欄でみたことがあるから、たぶんそれなのだろう。不可解な事件があって、捜査に行き詰まった警察官が大学の物理学教授の助けを借りて解決する、というのがフォーマットなのかな。講義にゼミに教授会に学会に、さまざまな原稿書きにと大学教授は忙しそうだが、この准教授は余暇がたくさんあるようでなにより。

1.幻惑す: 新興宗教の教祖が念力で人を殺したと出頭してきた。
2.心聴る: 幻聴が聞こえて自殺したり、病院で暴れ出したりする事件が続発する。
3.偽装う: 嵐の山荘で、作詞家夫婦が殺されているのを娘が発見する。
4.演技る: 劇団主宰の男が倉庫を改良した自室で刺殺されている。


 えーと、たいていの読者が謎を解けるように書くというのは技術なのだろうなあ。最新テクノロジーをネタに使うと賞味期限がみじかくなるのだが(1990年代初頭のポケベルやワープロを使ったミステリみたいに。あるいは20世紀初頭のフリーマンみたいに)、そこは気にしないでいいのかな。
 それよりも書き方が気になって気になって。たとえば、2の短編で主人公とは別の刑事が聞き取りするシーンがあるのだが、10ページの間に数人を訪問して話を聞く。都筑道夫センセーなら、一人の関係者との会話で10ページにして、そこに発見したことを書き込むのだろうになあ。あるいは、4で探偵役の物理学准教授が劇団員から話をきくのだが、准教授は以前創作劇のアイデアに協力したことが地の文章で書きこまれる。同じく都筑センセーならこれも会話にいれてしまい、二人の関係を会話でわかるようにするだろうなあ。あるいは、登場人物たちが様々登場するけど、センセーなら服装や髪形をちょこっと描写したり、内話を人物にあった文体で書いて、リアリティをだしたりするだろうに。それは主人公の刑事と大学準教授にもいえて、彼らがいったいどういう生活をしているのか、どういうこだわりをもつのか、全然わからない。センセーなら、くどくなってもそのあたりを説明する10行程度の文章をはじめのほうにいれただろうに。最初の短編には新興宗教と念力が書かれるのだが、笠井潔なら社会学的な説明を5ページくらい書くだろうし、法月綸太郎だと20世紀からの新興宗教史を書き込みそうだ。小説を滞らさても、なぜその題材を選択したのかを縷々説明する誘惑や欲望がありそうなのだがねえ。
 この本は2012年8月初版だが、帯には同年10月にシリーズの次巻が出版される予定になっている。作者は時間に押されているのだろうね。大変にご苦労なことです。
 上記のように短編のタイトルは、普通使わない当て字(それぞれ、まどわす、きこえる、よそおう、えんじると読むのだそうだ)。短編集の総タイトル「虚像の道化師」は最後の短編からとっている。いずれにしても大仰な言葉のわりに、内容が追いついていない。まあ、ベストセラーはそうしたもの、なのかねえ。

虚像の道化師 ガリレオ 7

虚像の道化師 ガリレオ 7


 2015年3月に同タイトルの文庫がでた。上記に加え以下の3編が追加された。
透視す(みとおす): 封筒に入れた名刺に書かれた情報を開けないで見通す芸を持っているホステスが殺された。
曲球る(まがる): 戦力外通告を受けた野球選手(投手)の妻がスポーツクラブの駐車場で殺された。
念波る(おくる): テレパスができると主張する親子(だったか姉妹だったか、あれ)のひとりが殺された。
 特に上に付け加えることはない。