odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

辻荘一「J.S.バッハ」(岩波新書)

 1895年生まれの著者は、この国のバッハ研究の第一世代。この新書も、もとは1957年にでたものを1960年以降のバッハ研究の進展に応じて書き加えたものを1983年に出版。そのとき、著者87歳! この年齢で書きなおしをする気力、体力を持っておられるとは。
 さて、ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽が偉大であるということはすでにたくさんの人に言われているので、とくに付け加えることはない。なんにせよクラシック音楽を聴いている人にとっては、最初に聞く音楽のひとつであり、数十年聞き続けても飽きることのない音楽のひとつであることを指摘すれば十分。音楽の奥深さもさることながら、作品数の多さもあって、全部を網羅しようとするのは大変だけど。あと、19世紀ロマン派にはまって、モノフォニーの音楽、感情表出の音楽になれているときには、バッハの音楽はいささかとっつきにくく、単調に聞こえるときもある。ロマン派を相対化するような聞き方をするようになると、バッハの音楽は俄然魅力を輝かせるようになるので、時間をかけて何度も挑戦してみてね。まあ、「ぼくのかんがえたさいこうのバッハ(の作品、ないし演奏)」も言及しない。
 さて、周辺事項からいくつか。
J.S.バッハは1684年生まれ、1750年没。彼の伝記を読むと、ケーテン時代、ライプツィヒ時代という具合にわけられる。ちょっと範囲を広げてみると、イギリスは名誉革命の後で、聖俗権力の分離は完了し、市民社会が始まっていた。市民(まあ納税額などで選挙権に制限はあったにしても)による政治の時代だった(夏目漱石「文芸評論」参照)。隣国のフランスは、聖俗分離は17世紀の新旧教徒の陰惨な内乱やテロを経験して完了し、世俗権力である王権が最も強かった時代。宮廷音楽が盛ん(リュリやラモーだ)。対してドイツ(という国はなくて、中小諸侯が分離していた)は、教会権力が世俗権力に強い発言権を持ち、人事や政策に介入していた。市民意識はまだまだ先の話(そのかわりにツンフトの同業者組合が政治的な動きをしていた)。ヨーロッパといえども、近代という物差しであえて量れば、ドイツはフランスに100年遅れ、イギリスには300年遅れていたということになる。そういう差異が同じ時代に隣接していたのが重要。
・音楽を作る人も宮廷や教会の雇用者で身分は不安定であり、音楽家は芸術家ではなかった。芸術家の定義も難しいけど、19世紀からみれば、作品を自由市場で販売して報酬を得て、聖俗の権力から作品内容や表現に介入されない職分、くらいにみてもよいか。そこにあと「天才」概念が加わると、だいたい現在の芸術家になるかな。
・なので、バッハの一部を芸術家とみなすことは可能でも、生きた時代においてバッハはどういう意識で作品を書いていたのか、というのがこの第一世代の研究者の重要な課題。たいていは、敬虔な宗教人であって宗教信念による表現者、当時はやった神秘思想やカバラの数秘学の表現者、というところから、教会や市政などの依頼に応じて短期間で作品を書き上げ演奏する職人というところまで、幅は広い。著者は、ドイツのプロテスタント戒律とツンフトの職分に注目して、労働が神への奉仕であり、職人として作品の仕上げに万全を期す完璧主義者であったという点を強調する。なるほど、バッハの重要作品としてカンタータをあげるところからして一貫している。その見方に同意するかは別として。
・興味深い記述は

「十八世紀の前四半世紀ごろからMusikknner(音楽通)とMusikleibhaber(音楽好き)との区別が音楽享受者のあいだにできた。前者は相当の程度作曲の技法をこころえていて、作品に対して技法的批判をも加え得る人、後者はただ音楽を聴いていれば楽しいをする人である(P157)」

 あれ、これは テオドール・アドルノ「音楽社会学序説」(平凡社ライブラリ)が聴取者をエキスパート、良き聴取者、趣味型聴取者、ルサンチマン型聴取者、娯楽型聴取者、無関心の6つの類型にわけたのに似ているな。

ポリフォニーの曲を十分に鑑賞するには、享受者も積極的に技法のあとを追跡しなければならぬ。しかしホモフォニーの音楽は受動的にうけ入れさえすれば良いので、おのずからエクスターシス(他所に移すこと、ひいては恍惚)の状態を享受者におこさせることになる(P158)」

というのであって、ここらもアドルノの主張に似通っている。なるほど、アドルノの美学は突然変異的に天啓が舞い降りてきたのではなく、長い歴史を経たうえでの考察であったわけだ。で、次の疑問はなぜドイツ(という場所)でそういう思考になったのかということ。イギリスでもフランスでもアンセムカンタータが演奏されていたし、職業音楽家も音楽愛好家もいたろうに。俺の思考だと、つまらぬ民族論とか国家論になりそうなので、ここでやめておく。