odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ウラジミール・ジャンケレヴィッチ「夜の音楽」(シンフォニア)

 1957年に出版された。3つの論文を収録。共通するテーマはタイトル通りの「夜の音楽」。ここに登場する作曲家をリストアップすると、フォーレショパン、サティの3人を中心に、ドビュッシーラヴェルシャブリエらのフランス人、バラキエフ、リャードフなどのロシア人、他にリストといった面々。「夜の音楽」であるのに、受難曲のバッハも、小夜曲のモーツァルトも、フロレスタンの牢獄のベートーヴェンも、「トリスタンとイゾルデ」のワーグナーも、「浄められた夜」のシェーンベルクも登場しない。ドイツの音楽は徹底的に忌避されている。ショパンの対比でシューマンが登場するくらい。というのも、著者の音楽はまず19世紀フランスのピアノ音楽で、詩人のインスピレーションと共鳴する歌曲だから。さらに下記のように「夜」に見出すものが忌避された作曲家とまるで異なるから。

夜の音楽 ・・・ 「夜」神秘主義者やパスカルやロマン派がそれぞれ異なる意味合いを持たせてきた。死や孤独、不安。あるいは理性に対する自然、神秘との合一、官能など。著者の考えるのは、それらを含みながら、少し違う。それを明示する決定的な一語や一文はないので、たくさんのイメージから生成されたことを書いてみると、まずパスカルのような虚無や無限を前にした孤独や不安ではない。あるいは神秘主義者の考える理性や啓蒙が追い出した不合理や神秘が支配する場所でもない。それらでありながら、夜は「不在の存在」「空虚の充満」という矛盾があって、「名づけようのない深淵」と官能の場で、植物のようにゆっくりとひそやかに生成してくるところ。昼の生を生み出しやがて返る眠り。あと「昼」が労働、検証可能、歴史で、夜は夢想、幻視、運命。こういう名づけようのない、生成の場所。それを伝えるのは音楽。
 そういう「夜の音楽」を書いた作曲家ではドビュッシーが最重要だが、別の本で書いた。なので、別の作曲家を取り上げる。
ウラジミール・ジャンケレヴィッチ「ドビュッシー」(青土社)

ショパンの夜 ・・・ この若くして亡くなった作曲家は、天才として現れた。作品の特徴は、形式の解体、リズムの流動化、純粋な内容の解放。それまでのソナタや変奏曲という形式を無視して、「右手の特権的支配から左手を開放」することで、「詩的な酩酊状態」を表現。そこには、洗練と「夜の恐怖に苦しむ心」がある「最初の近代人」と規定できる。注目作品はスケルツォ夜想曲、バラードなど。

サティと朝 ・・・ この人には二面性があって、「人をけむに巻く」「茶化す」という諧謔と「深い孤独」「孤独な魂のメランコリー」を有している。その戦略は、感情の表現を恥じることで、みかけの単調さ・簡潔さ。ロマン派のカリカチュアであり、「質問をしたがる子供」のように問いかけだけをする。そこには展開の拒否と表現の拒否がある。彼の音楽は「午前9時の音楽」で、「夜の不安から解き放たれ」た「大いなる朝」を賛美する。印象派画家の遊びや草上の昼食に似ている。


 著者の言葉を使ってまとめるとこんな感じかな。例によって、さまざまなアイデアがそこかしこにあって、整理されていないから、たくさん漏れているはず。ともあれ、ショパンとサティを考えるときのヒントがたくさんあり、著者の影響から離れて考えるのは難しいだろう。それだけ静かな興奮をもたらす。読んでいる間、幸福な気分に何度もなった。
 さて、著者は1903年生まれで1939年に動員され負傷除隊。そのあとレジスタンス活動に参加するという経歴を持つ。同じ年齢の哲学者にエマニュエル・レヴィナスがいる。レヴィナスも夜を思索した人。彼の夜は「イ・リヤ」の不安と不在で、不眠に悩む時だった。ジャンケレヴィッチの夜との違いは明らかで、ジャンケレヴィッチのレジスタンスの夜(敵襲や逮捕を恐れながら解放のための戦いを待つ時間)とレヴィナスの夜(絶滅収容所の期限のない牢獄)の違いになるのかなあ。そういう個人的な経験に思索のもとをたどるのは誤りであることを承知しながら、記載しておきたかった。

  

<参考エントリー:マーラーの音楽の夜について>
ド・ラ・グランジェ「グスタフ・マーラー 失われた無限を求めて」(草思社)