odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「証拠写真が三十四枚」(光文社文庫) 1987年に文庫化されたショートショート集。中年男が生き方を変えようとして下世話でありふれて切実な問題に振り回される。

 1987年に文庫化されたショートショート集。

 収録されたのは以下の通り。気になったのにはいくつか注釈をつけた。★をつけたのは、2分間ミステリのような謎解き。
金平糖の赤い壺/月のある坂道/妄想図/間もなく四時/つめたい先輩/つかい道 ・・・ 結婚詐欺の話のメタ話/盗まれた休暇/邪魔者/人事異動/かわいいロボット ・・・ ドジッ娘萌えの元祖?/奇妙なアルバイト/★目撃証言 ・・・ 「遠きに目ありて」の挿話に似たトリック/★ゆすり屋/影絵/けむりの輪/五枚のカード/目のなかの顔/この手だれの手/背文字/耳探偵/貯蔵庫/窓辺の女 ・・・ 退職刑事「四十分間の女」のバリエーション/夜ふけの電話/カーテン・コール/★膝栗毛以前 ・・・ 弥次北が小田原の宿でひと騒動。居合わせた戯作者が謎を解く/ひとり傘/企画会議/銀行強盗/悪魔の弟子 ・・・ 「悪魔の取引」のバリエーション/死期/ぐち酒/夫婦ひとり/壺から手/なくした詩集 ・・・ 久生十蘭ハムレット」?と思わせながら、「黄昏の館」「梟の巨なる黄昏」の本の話に変化する。
 小学生のときに星新一ショートショートを何冊も読んだ(当時20巻くらいの選集がでていて、図書館で借りて読んだ。そのうちの一冊はうちに帰る前に学校の遊具にのぼり、夕暮れになる前に全部読んだ記憶がある)。次にまとめて読んだのは、フレドリック・ブラウン筒井康隆だったかな。おかげでショートショートはSFという先入観をもってしまった。
 たぶん創作数であれば星新一に次ぐ作者のショートショートでは、その思い込みが裏切られる。ここにはSF仕立てのものはほとんどない。上記のようにミステリもあれば、怪談もあるし、人情話にもなるし。そこは多彩な舞台。なるほど、各務三郎編「世界ショートショート傑作選」(講談社文庫)や「ミニ・ミステリ100選」(ハヤカワ文庫)などを読んでおけば、アメリカのショートショートはずいぶん幅の広いジャンルをカバーしているのであった。この短編はむしろそちらに近くて、星新一筒井康隆のようなSFに特化するのは珍しいのかも。
 さて、センセーのショートショート。50代を半ばにしたせいなのか、登場人物がたいてい中年から老年にかけて。娘、息子は自立し、妻は子育てを終えて外に出かけたがり、自分は定年ないし引退を見据えて、そろそろ仕事以外の生き方を考えなければならない。そういう人物のところに、誰か(若い男、妖艶な娘、昔なじみの友人、売れなくなった俳優、口のうまいセールスマン、借金取り、ときには悪魔)が来て、彼の生活を脅かす。そうなると、離婚と、世間体、収入の道、など下世話でありふれて切実な問題が浮かんでくる。そこを切り取ってきて、孤独やら狂気やら情けなさをあらわにする。その語り口はうまいなあ、の一言にまとまるのだが、あいにく生活の世知辛さが染みついていて、すっきりしない。いや、そのすっきりしなさを読者に残していくのがこのショートショートのテーマかな。
 星新一筒井康隆ショートショートが、抽象的な、名前を持たない人を主人公にして、生活の世知辛さを持ち込まないように注意していたのと、ずいぶん違うなあ。そのあたりが、センセーとマエストロの違いなのだろう。