odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

アーシュラ・ル・グィン「コンパス・ローズ」(サンリオSF文庫)

 「風の十二方位」に続く短編集は1974-82年に書かれた短編を収録。タイトルの由来は著者によると、

「”風のバラ”、つまり羅針盤(コンパス)が示す四つの方位、東西南北は、いまだだれの口にものぼったことのない五つ目の方位、つまり中心、コンパス面(ローズ)の花冠へと収斂するかと思えば、そこから発して四方向に拡散していく(P9)」

「各物語のあいだになんらかの共通パターンもしくは関連性を見出してほしいという願いと同時に、やはり各物語はそれぞれ勝手な方向に発展していきたがることも示唆したかった(P9)」

からとのこと。さて、自分は共通性ないし関連性もしくは発展を読み取れただろうか。

天底 -Nadir
「アカシヤの種子に残された文章の書き手」 ・・・ 蟻語、ペンギン語の研究。その先の可能性は植物の非コミュニケーション言語の解明。そして岩石や地球の言語の解明。なんという想像力!!

「ニュー・アトランティス」 ・・・ オーウェル「1984年」のような監視社会(それというのも資源が枯渇したから)。学者・研究者は解雇され、本も出版されない。キャンプ(この場合は収容所)に入れられていた数学者の夫が帰ってきた。なんとも沈鬱なユートピアの風景。タイトルはフランシス・ベーコンによるユートピア小説から。

シュレディンガーの猫」 ・・・ シュレディンガーの猫の思考実験を実際にやってみた! 結果は・・・なんとシュレディンガーの予想の斜め上。おいらたちの存在はそんなにあやふやなのかな。シュレディンガーハイデガーの対談をきいてみたいな。

北 -North
「北方線の二度の遅れ」 ・・・ 東欧のどこかの国の田舎路線で鉄道が遅れた。それに影響された中年の公務員。ふたつの話があるが、きちんと読まなかったけど、同じ話を2回書いたのかしら?

「SQ」 ・・・ 精神の健康を図るSQテストが考案され、50点以上のものは収容センターで治療を受けることになった。そのうち、世界の大半が収容センターにはいることになって。なんて皮肉でブラックな話なんだろう。それをまじめに語る作者の冷静なこと。

「小銭」 ・・・ 死んだ叔母が「私」にいろいろと命じ、葬式の後にも現れて、「私」を誘う。ホラーのアンソロジーに入れるべき恐怖・怪奇譚。

東 -East
「“ダーブのカダン”星に不時着した宇宙飛行士の最初の報告」  ・・・ 「本官」が陛下に報告する口述の文書。カルヴィーノ「見えない都市」に入っていてもおかしくない空想の(しかし実在する)都市の細密な描写。

「バラの日記」 ・・・ たぶん「ニュー・アトランティス」 や「SQ」と地続きの国。精神透視医が患者の記録を書く。彼は混乱した意識を持っているが、どうやら政治的な陰謀で送還されたリベラルであるらしい。治療するものが治療されるものに影響を受けていく過程を克明に示す。ただ、書き手の名前が「ローズ」であるというのと作品の関係がわからない。なんだろう。

「白いロバ」 ・・・ インドらしき山村で、少女がめったにいない白いロバに会って。

「不死鳥座」 ・・・ 蜂起の起きた町。テロリストが破壊した図書館を守ろうとした司書。彼を介抱する老女優。

天頂 -Zenith
「船内通話機」 ・・・ 恒星間宇宙船にエイリアン@リドリー・スコットが乗りこんだと思いなせえ。しかし、宇宙船の乗員は全員気が狂っていて、互いに顔を合わさずに、通話機でしか話をしない。乗員全員が女性というのはなにかの比喩かなあ。

「目の変質」 ・・・ オレンジ色のもやがかかったような移民惑星「シオン」。そこで生まれた子供は地球の食べ物にアレルギーをもって長生きできない。早生まれで虚弱なゲンヤが初めて、地球的な治療を拒否し、絵を画いた。異星での適応は地球的な環境にすることを言うが、そうでない別のやり方を示唆。

「迷路」 ・・・ 異星人にとらわれた「私」は迷路でさんざんにいじめられ、抗議しようにもコミュニケーションができない。そのうち衰弱して。スキナーボックスで迷路実験をされているネズミのような物語。

「欲望の通路」 ・・・ 地球から数光年離れた辺境惑星で最初の探検者の報告。その星の言語は英語を基にしているらしいのに、ほとんど文明らしきものはない。女をめぐる決闘で、隊員の一人が死に、星の謎が解ける。ブラウン「発狂した宇宙」の文化人類学版。最後に「白いロバ」と関連するイメージになって、いったいなにがおきたのかしら?

西 -West
「グイランのハープ」 ・・・ ハープを弾く女性の一代記。穏やかで力強い文章と女性の姿。

マリュール郡」 ・・・ 子供を育て上げ、娘夫婦と暮らす女性。諍いや思いやりのあと、人生で喪失したものを知る。こういう夫婦や親子の感情は自分にはよくわからない。

「湖面は広い」 ・・・ 発狂した物理学者。治療院に閉じ込められている学者を脱出させる妹。中年の兄と妹の逃避行。二人の差異がなくなり、まるでトリスタンとイゾルデのような溶け合いの愛が生まれる。

南 -South
「ザ・ワイフス・ストーリー」 ・・・ 姉妹で住んでいる姉に異邦の男が夫になった。あるときから夫の態度がおかしくなり、変なにおいをつけるようになる。中島敦山月記」のあちら版。思いもかけないラストシーンに自分はうなってしまった。

「時間の欠乏という問題の解決法のいくつか」  ・・・ タイトルの新聞記事の抜粋。時間が石油のようとか、貨幣のようとかの説明があって、当時の石油ショックやインフレのメタファーなんだろうな。

「スール」 ・・・ 南極点到達の最初はアムンゼンということになっているが、実は1909年にイギリス人女性のチームが成功しているのである。スールはスペイン語の「南」。


 いくつかのセクションに分けられていて、「天底 -Nadir 」が思弁的SFみたいであったり、「天頂 -Zenith 」が異星や恒星間宇宙船などのSF仕立てになっていたり、「西 -West 」が女の内面にフォーカスしていたり、とそれなりの共通性を見出すことは可能。この著者はいろいろな想像力を持っているのだなと感嘆。それに、次第に内面描写が緻密になっていって、特別な事件が起きなくとも、人の心情の細やかさ・変転の激しさが描かれていて読みごたえがある。
 ときに「女性」であることに注目させたい作品がいくつかあって、21世紀に読むとそれだけ浮いている(ないし作者の意図がよくわからない)と思うことがあった。とはいえ、書かれた1970年代はフェミニズムや女権拡張の運動があって、マチズモや男性優位社会の批判はとても重要であったことをおもいだす。たとえば、優秀な外科医に重症の親子が運び込まれ、外科医が若い患者をみて「私にはこの患者を診ることはできません。なぜなら息子だからです」というのが、「ふしぎ」とされる時代であった(ダグラス・ホフスタッター「ゲーデルエッシャー・バッハ」(白楊社)から自由に要約)。そんなことはありえないと思うのは、弁護士や大学教授、医師などの権威的な職業は男性が就くものだという思い込みがあるから。この話を始めて読んだときは不意を突かれたし、それに驚いた自分の思い込みに驚きもしたのだった。同じようなショックを、とりわけ男性に(SFはそのころ男の子の読むものだったし)、持ってほしいというのが著者のねらいなのだろう。
 ここに書かれた女性は、なるほど男性よりもディーセンシー(この国の言葉にしがたいけど、上品さとか品位とか品格とか)をもっている。それがこの近代社会や権威主義組織の息苦しさや堅苦しさから解放する力になるのだろう。その一方で、エゴイスティックな自己主張のぶつけあいやそれによる心傷もきちんと書いているのであって、単純な「女>男」の主張をするわけでもない。その弱点への容赦なさは同性だからかなあ。
 とはいえ、ときに自分は読みづらさを感じて、途中で読むのをやめて放置していたこともメモしておかねばならない。長編のようにのめりこめなかった。