odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「悪人志願」(光文社文庫)

 「悪人志願(昭和4年)」「探偵小説十年(昭和7年)」「幻影の城主(昭和22年)」「乱歩断章(単行本未収録)」の随筆集が入っている。随筆だけで700ページあって、なかなか読むのが大変。よほどの愛好家か研究者でないと、興味が持続しないのではないかなあ。自分はいずれでもないので、ところどころすっとばしてしまいました。

 大きくは次の4つが主題
・自伝および自作解説 ・・・ 30代半ばの昭和5年から、晩年(60代)の昭和32年まで折に触れて書かれたもの。内容はほぼいっしょでいて、それでいて少しずつ異なっているらしく(解説)、平井太郎江戸川乱歩の二つの貌をみいだせるのではないかしら、とのこと。自作解説では、自分の評価に自信がなく、しかし他人に褒められると図に乗りやすいという自己分析。作者の自信作と読者の評価は一致しない、という、だれもが体験する評価や価値の食い違いに悩んでいる。どうも作者は人一倍そこら辺を気にするのが興味深い。人嫌いであるとか、のちに蔵を改造した書斎にこもるようになるとか、新聞雑誌の切り抜きを収集して独自に分類するとか、ある神経症の症状を持っているように思えた。
・探偵小説啓蒙 ・・・ 探偵小説や犯罪小説はずっと前から流行ってはいた。でも、乱歩がポオに憧れたようには、必ずしも読者や作者は「本格」探偵小説を望んではいない。むしろ、家庭小説とか風俗小説にミステリの風味のあるものとか、変態心理を書くものとか、落ちのあるモダンなコントなどを欲していた。なので、乱歩としては「本格探偵小説」(ここでは謎を合理的に説明、解明するもの、あたりのゆるやかな定義で、論理的であることが重要)を普及したい。そのためにいろいろと啓蒙している様子が描かれる。以下は思いつきになるけど、1945年を中心にする前後10年、合計20年は海外の小説の輸入が途絶えた。その間に、本格探偵小説を望む読者層が生まれた(主には都会の学生やインテリだ:荒正人埴谷雄高大岡昇平田村隆一福永武彦坂口安吾なんか)。でもその種の最新作は入手できない。で、敗戦によって雑誌が創刊されたときに、この種の読み物が要求される。でも、書き手は1920年代以前の古い海外小説しかしらない。そこらへんが昭和20年代のおどろおどろしい田舎ものや戦前の風俗を懐かしむ探偵小説になった。それが昭和30年になって、海外ものが雑誌やポケミスなどで紹介されると、一気に古くさいものになり、社会派に読者が奪われる。こんな図式を思い描くことができ、乱歩はどの時代でも「本格探偵小説」ならびに海外ものの紹介、啓蒙者であったのだなあ、と。
・私の好きなもの ・・・ パノラマだったり、映画だったり。ほかにもあったと思うけど、この二つが印象的。いずれもメディアの革命なんだなあ、と。映画の手法であるさまざまシーンの編集とかズームで拡大縮小したりで視覚の制限を突破するというのがひとつ。ほぼ同時期に同じ作品を同時に体験できるというのがもうひとつ。そういうメディア革命がラジオといっしょに1920年代にあって、それに乱歩が熱狂していること(谷崎潤一郎「白昼鬼語」1917年も参考に)。同じ感激は、寺田寅彦にもあり、同時期の彼のエッセイにはかなりの映画評や映画論があった。ついでに、江戸川乱歩は神戸や浅草で映画を見ているけど、それは淀川長治(おお、東西の有名な川の名前が並んだ)がぼんさんだったとき。すれちがっていたかも、と妄想するのが楽しい。
・同性愛研究 ・・・ ようやくこのころに西洋の同性愛研究書が入荷されて、熱心に読んでいたみたい。この話題は詳しくないので、内容には触れない。まあ、「孤島の鬼」の肉感的な描写と、「吸血鬼」あたりの明智探偵と文代さんの即物的な夫婦生活の違い、あたりで乱歩の趣向がみえるのではないかしら。