odd_hatchの読書ノート

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小栗虫太郎「日本探偵小説全集 6」(創元推理文庫) 黒死館殺人事件3 真犯人の名が明かされたあとの解決編はわずか数ページで最初の事件しか説明していないが、全部の事件は「解決」している。

2014/05/22 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(現代教養文庫) 黒死館殺人事件1
2014/05/21 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(ハヤカワポケットミステリ) 黒死館殺人事件2 の続き


第七篇 法水は遂に逸せり!?
シャビエル上人の手が…… ・・・ レヴェズとの対話。レヴェズがダンネベルグ夫人と恋仲にあったこと、夫人死亡後は伸子に秋波を送っていたことを法水は暴露。クリヴォフ夫人が射られたとき、階下で虹とシャボンをつくっていたのを告白。それは伸子への告白でもあるが、同時に仕掛けを施した火術弩に冷えた空気を送ることで、自然と矢を発射させたのであった。な、なんだって!! もちろん法水のはったり。レヴェズが去ったあと、地霊のメッセージがあることを示唆する。津多子(40歳くらい。元女優)と対話。古代時計室に閉じ込められていたが、法水は「シャビエル上人の手が」動いて、田郷と算哲以外に鍵のありかを知らない扉が開いたという。シャビエル上人はフランシスコ・ザビエルのことなのだろうなあ。

光と色と音――それが闇に没し去ったとき ・・・ 津多子が毛布にくるまれていた不自然が解かれる。鍵をかけたのはようやく実現可能なトリック。まあ、仕掛けが見つからない理由とかどうやって中に入ったのかが不明なままだが。動機は医院のラジウム紛失にあるそうな。この時期放射能の危険性はほとんど知られていない。伸子の部屋の机に地霊のカードが見つかり熊城に執拗な尋問を受ける。そのときに薬物中毒症状がでて緊急搬送。館の薬草園で、薬物をもつ植物の葉が六枚欠けているのがみつかる。再度、三人で事件のまとめ。クリヴォフ夫人による傷害であると推理される。続いて、ディグスビイの自筆による暗号の解読。神秘四重奏団の年一度の演奏会。突然、灯りが絶え、法水の推定犯人であるクリヴォフ婦人が殺されているのを発見。

第八篇 降矢木家の崩壊
ファウスト博士の拇指痕 ・・・ 舞台ではハープ四重奏曲を演奏。客席から見て左から旗太郎(第1ヴァイオリン)、セレナ(第2ヴァイオリン)、クリヴォフ(ビオラ)、伸子(ハープ)の席順(類例が思い当たらない非常に珍しい編成)。クリヴォフ夫人の死因は背後から心臓を刺されていたこと。明かりが消えたのは外部スイッチと思われたが、配電室の仕掛け。そこに水が流れ蒸気がもうもう。その奥の控え室ではレヴェズが縊死。しかしカラーを外すと拇指紋があり、ディグスビイのものと一致した。久我の半生が判明し、神秘四重奏団の集められた理由、久我が図書係である理由が語られる。あわせて、第五編「犯人の名は、リュッツェルン役の戦歿者中に」で法水が行った推理が見当違いであったこともあきらかになる。

伸子よ、運命の星の汝の胸に ・・・ 算哲の墓を開ける。死体は腕を上方にあげ苦悶したポーズをとっていて、ヤマガラの骨が口に押し込まれている。柩には「パテル・ホモ・スム(父よ吾も人の子なり)」のサインが残されている。すなわち算哲は埋葬後、意識を戻したが、早期埋葬防止装置は作動せず、苦しみながら死んだのであった。また今は使っていない主人用のベッドの上にある松毬(マツカサ)に注目する。ダンネベルグ夫人のこめかみの紋章は遺言書の封蝋と一致していた。となると、遺言書発行の3月12日に机に何かを仕掛け、紋章の型をとったと見える。伸子を尋問すると、前日にレヴェズから求婚され、諾のアレクサンドライトを身につけていたという。神意審問会で使った死蝋の手には微細な穴があり、そこから出た蒸気がダンネベルグ夫人の視界を惑わしていたと説明する。伸子はあとで証言するといって、場を離れる。

父よ、吾も人の子なり ・・・ 旗太郎、セレナ、伸子を招いて、レヴェズの死の真相を語る。レヴェズは、伸子のアレクサンドライトの黄色に照明があたって求婚の否であるルビーの赤と見間違えていた。そのあと、伸子は自室で射殺されているのが発見される。翌日、法水は館に赴く。ダンネベルグ夫人がオレンジだけを取った理由と、身体が栄光に包まれた原因が説明される。な、なんだって!! と驚愕する説明。そして真犯人が明かされ、最後の降矢木家の秘密も暴露される。この国の探偵小説でもっとも有名な結句で締めくくられる。
「―――閉幕(カーテン・フォール)」


 ダンネベルグ夫人毒殺事件、易介窒息死事件、伸子失神事件、津多子拉致事件、クリヴォフ傷害と殺人事件、レヴェズ失踪と縊死事件と多数の事件があったわけだが、いずれの事件も「解決」している。これは過去の読書ではわからなかったなあ。もちろん犯行方法は、読者のいるこの世界では実現可能であるとはとうてい思えず、太陽をはさんだ地球の対蹠点にあるという反地球であればどうにか可能であるというような代物ではあるのだが。たぶん自分を含めたたいていの読者は、真犯人の名が明かされたあとの解決編がわずか数ページ、それもダンネベルグ夫人の死についてのみ語っているというところにあっけにとられるのだろう。そうではあっても、こうしてサマリーを作り、前の章の記述を読めば、全部の事件の解決があり、真犯人の動機もそこに書かれている(まあ、断片的な記述から再構成しないといけないのだが)ことに気がつく。
 どこかに書かれていたのだが、この事件は支倉と熊城の警察組織の常識的な捜査であれば、これほど錯綜したものにはならなかっただろう。法水の多弁を一切無視して、実証的な証拠と証言を積み上げていけば、「事件」は解決するはず。その通りだろう。フレンチやメグレが担当したらどうなったかしら。そのように書かれた「黒死館殺人事件」が読書の快楽をもたらすかは保証できない。
 一歩引いた視点でみれば、法水は事件の「共犯」者であるのだよな。かっこ付にしたのは、法水が真犯人の犯行をサポートしたわけではないから。主人公は黒死館という場所であって、そこに込められた怨念(設計者と施工主のそれ)が事件を招いたともみることができる。現在の事件の真犯人ですら、このような怨念というか執着に囚われた被害者であるということができるのだから。その意味では、この事件は、超越の意思をもつ個我がおこしたというわけではないということで、ゲーテファウスト」には当てはまらない。その時代の小説であれば、古城の怨霊と神意が事件を起こすウォルポール「オトラントの城」のほうが近い。ただ、本邦作では、不条理を全て引き受けるマンフレッドにあたる人物はいない。誰か一人がスケープゴートになり、世界を清浄に導く人はいない。そのため、世界の汚れは等しく全員に振りそそぎ、家と場所の豊穣さは失われることになる。法水の役割は、世界=館の汚れの理由を解き明かすこと。彼は館の怨念を代弁して、すこしずつ瘴気というか執着というか館の無意識というか、貯められたエネルギーを放出する。いわばイタコであり、霊能者であるわけだ(「オトラントの城」では僧侶がその役目を負う)。彼の饒舌やペダントリーも館が語らせたとみる。でも悪魔祓いはできない。
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2014/05/19 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」(河出文庫) 黒死館殺人事件4