odd_hatchの読書ノート

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シャルル・ペロー「長靴をはいたねこ」(旺文社文庫)

 シャルル・ペローが書いた童話8編と韻文3編を収めた。今回は旺文社文庫で読んだが、現在絶版。訳者を変えて岩波文庫ででている。内容は同じ。
    
 散文童話は以下の8編。
●眠れる森の美女
赤ずきんちゃん
●青ひげ
●ねこ先生または長靴をはいたねこ
●仙女
 サンドリョンまたは小さなガラスの上靴
 房毛のリケ
 親指小僧
 1695年このうちの5編(●のついたもの)をまとめて「マザーグース」にして時のルイ十四世の姪にあたる内親王に献呈された。クラオタにとっては、これを題材にモーリス・ラヴェルが2台ピアノおよび管弦楽の「マ・メール・ロワ」を作曲したことで知っている。8編を収めたものは1697年に出版された。韻文物語は以下の3編。
 グリゼリディス
 ろばの皮
 おろかな願い

 内容は有名で、ペローの名を知らなくても絵本その他でおなじみ。訳者解説によると童話研究は進んでいる。このペローの童話もフランスの民衆話に由来。そこにペローなりに編集していて、「サンドリョン」の舞踏会や宮廷の様子はルイ十四世の宮廷をそのまま描いたものらしい。民衆譚なので、広く西洋各地に広まっていたらしく、いくつかの話はのちのグリム編纂のドイツ民話にも同一のものがみられるらしい。ときには話の筋や結末が異なる場合がある。ペローの場合は、教訓や道徳の説教が最後に加えられているが、現在の基準からすると相当に残酷。赤ずきんちゃんは狼に食べられ救われないし、親指小僧に登場する人食いは自分の7人の娘の首を刈ってしまうし、仙女のいじわるな姉はだれにも相手にされず森の片すみで死んでしまうし。
 また精神分析の一派による解釈も20世紀に行われて、眠れる森の美女が娘の破瓜の隠喩に満ち、母の娘への嫉妬や期待のアンビヴァレンツな感情にあるとか、まあいろいろ。
 今回の何度目になるかわからない再読だと、当時の権力のあり方に思いをはせた。上記の残酷さというのは、共同体の法が構成員の死を管理するものであり、その表れであるとか。宮廷の結婚や犯罪人の処罰は演劇的・祝祭的でこれらの演出が王たちの権力を可視化するものであるのだろうとか。あるいは、物語の主人公たちはかならず宮廷、家などから追放され、辺境の地に行き、そこのマジカルなパワーを体験して帰還する。そういう冒険や試練を克服することが英雄になり、老けた王や子供を産めない王妃らの代わりに生産のパワーを共同体にもたらすのだとか。辺境には王権の届かない場所があり、そこには王権に異を唱える化け物がいる。そういう<外部>が王のいる宮廷という<中心>を輝かせているのだな、とか。
 あと、ペローが17世紀の絶対王政の時代に宮廷でこれらの物語を読み上げたりしたことを想像して、文学と政治の関係をみたりするのも楽しそうだけど、今回はそこまでは調べる根気はなかった。