odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

今坂柳二「さやまの民話」(狭山市農業協同組合)

 これは普通では入手できない本。農業協同組合の機関紙に連載していた民話を家の光出版サービスが印刷製本したもの。農協の関係者と図書館くらいにしか配本されていないと思う。親類が農業をしていたので、謹呈されたようだ。

 前書きをみると、1977年ころから数年かけて採集して、1985年に出版にこぎつけた。これは自分の妄想になるが、聞き取りをしたのは当時40−50代の方。話をしたのは当時60−70代であっただろう。ということは1900年の最初の時期に生まれた方々が幼少時に聞いた話になる。たぶん、語り手はお亡くなりになり、その子供や孫(自分らの世代だ)は彼らの民話を継承していないから、この土地の民話はこの本にしか残されていない。今は絶滅していると思う。
 当時の老人の話を聞いたわけだが、収録された話がそのまま狭山市の土着のものであるとみなすことはできないだろう。「赤い鳥」のような童話運動が1920年代ころからあり、小学校の教材で民話が選ばれ、子育てに絵本を購入して読んだというのは当然考えられること。あるいは、そのような話を知っている人に聞いた話を覚えていたというのもあるだろう。聞き覚えたり読み覚えたものが、繰り返し語られるうちに地元の地名や近隣の有名人の名前を加えていったと思う。それは、収録された話のいくつかは絵本や雑誌でかつて見聞記した話とそっくりだったから。まあ、伝統とか民俗といってもそのくらいのもの。
 もちろん民話であるから、話の年は明らかではないのだが、「テンポウ」「ジュッペンシャイック」「イエミツ」「カマクラサマ」などがでてくる。語り手はそれがいったい西暦何年にあたるのかは気にかけないだろう。自分にはなるほど、こういう口承のお話にも記憶するべき年や固有名が埋め込まれているのだなと感心する。
 ひとつの話は原稿用紙で5枚くらいか(まあ、採集者が機関紙に連載するにあたって編集したのだろうが)。口頭で語れば10分くらい。この時間なら子供たちは静かに聴いているだろうなあ。
 個々の民話の説明もまとめも不要。奇蹟譚、法話、因縁話、とんち話、滑稽譚、生活知、地名や風俗の由来など、民話や神話によくある祖形がでてくる。自分の生まれた場所で、自分の知っている地名が登場すると、その話のリアリティが格段にますなあ。若いときに読んだときはあんまりおもしろがれなかったけど、たぶん本になっている民話や童話ほどに洗練されていないからだ、今度は楽しめた。