odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

カーター・ディクスン「墓場貸します」(ハヤカワ文庫)

 H・M卿アメリカに行く。ある実業家の招きでニューヨークについたその日、さっそく地下鉄(NYっ子はサブウェイで、H・Mはアンダーグラウンドで、まず言葉使いでいさかい)でやらかす。すなわち、切符なしで改札を通り抜けてみせ、その結果、見物人をパニックにしてしまう。まずこの笑いでつかみを取る。

 さて実業家フレデリック・マニングはH・Mに挑戦。すなわち数日中に姿を消してみせる。そのトリックを暴いてみせなさい、というのだ。その翌日、家族全員にH・Mがいるところで、実業家はプールに飛び込むがそのまま姿を消してしまった。プールには秘密の通路もないし、アクアラングもない。H・Mはさっそく、3つの手がかりがあると謎めかす。
 実業家は、ロバート・ブラウニングのマニア(この19世紀詩人の生涯はこの本の主題に関係しているので押さえておくように)。妻を事故で18年前になくし、残された子も成人したことだから(長女は3回の離婚、長男はベースボールのマニア、次女はくだらない男と結婚するつもり、と問題をかかえている)、俺は人生をやり直すことにしたという。しかも、実業家には、妾がいるというスキャンダルに、運営している財団が破産寸前といううわさもあって、家族は気が気でない。この節で詳述したことは、ストーリーには現れてこないので、気にしておくこと。
 H・Mは騒動を起こさずに歩くことはできないのであって、長男の招きで野球チームの練習に参加。クリケットの名手だったと自慢したら、選手に嘲笑されたので、バットを構えた。2流チームといえど、エースピッチャーが投げた剛速球を場外にまでかっ飛ばした。ここは痛快なシーン。当時の強打者はテッド・ウィリアムズジョー・ディマジオかな。かれらの伝説に重なるくらいの大ホームラン。ボールがもったいないので探しに行くと、四阿に何者かが使った形跡があり、隣接する墓地で重傷のフレデリックがみつかる。医学博士のH・M卿の診断で医師がくる。一命を取り留め、一方、なんとしてもフレデリック消失と財団の不正を暴きたい警部の追及を逃れるために、H・M卿はニューヨークの基幹駅を調査する。
 見た目は、フレデリックが密室状態のプールから消失した謎であるけど、重要なのはフレデリックがなぜ奇妙な行動をしたのかということ。そこには上記の詩人への熱愛と過去の事件が関係している。かれが周囲の人には理解できない行動をとっているおかげで事件はややこしくなり、レッドヘリングをまき散らした。そこにこそ犯人の隠れる場所がある。
 というわけで、いくつかの名作探偵小説および自作を思い出すことになり(それは秘密の日記にかいておこう)、フレデリックの奇妙な行動の理由にも過去の名作を思い出した。という具合に、オリジナルな仕掛けを考案しなくとも、すでにあるものを組み合わせたり、見せ方を変えることで新しさは作れるものだよ、という一作。まあ、ベスト10にのるような傑作ではないけど、2時間を楽しくすごすには十分。これだけ安定したおもしろさがあればOKです。
 1949年作。イギリス英語とアメリカ英語の違いが笑いを生んでいるらしいが、これは翻訳だと伝わらない。なので、H・Mのエキセントリックな振る舞いを楽しみましょう。ああ。冒頭の改札通過トリックも謎解きされているので、あわせて考えてみてくださいな。