odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジョン・ディクスン・カー「四つの凶器」(ハヤカワポケットミステリ)

 ローザ・クロネックは高級娼婦(そういうのが珍しくない時代)。財閥、政府高官、外国の外交官などと短期間の同棲をしては縁を切り、金を稼いでいた。そろそろ年増に入るというとき、パリ在住のイギリス人金持ちラルフ・ダグラスと1年間過ごした。ラルフは別荘を買い与えたが、今は別の娘と結婚することになった。しばらく会わずにいたラルフのもとにローズから会いたいという手紙が届いた。ことを穏便に済ませたいので、彼は実家に連絡し、イギリスから弁護士を派遣するように頼んだ(当時でも、飛行機で4時間くらいか。半日あれば会いに行けるかな)。そして、深夜、その家を訪ねた時、彼らはローザの死体を発見する。奇妙だったのは、浴槽に倒れていて、腋の下の動脈を切られた痕があるが、死因はそれではないらしい。出血がほとんど残されていない。さらに、部屋には装填されたピストル、鋭利な抜身の短剣、大きなカミソリ、人ひとりを殺すに十分な睡眠薬が残されている。しかしそのどれも死因と結びつかない。
 さらに奇妙なことには、ラルフは弁護士カーチスと半日以上同行していたのに、ローザが急きょ雇った女中はラルフは半日家にいたのだ、しかもカミソリを研いでいる姿を見てもいると証言。まあ、女中オルタンスは老眼に近眼なうえ、男にメガネを壊されてしまったので、まるで顔を覚えていない。
 ローザの最近の相手は大臣の個人秘書だという。当時、イギリスの機密がローザから漏れているという情報があった。その事件当日も、大臣の個人秘書ド・ロートレクを外務省の役人(はからずもラルフの兄)が監視していた。ローザの家も別の警官が監視していたのである。すると、その家の周囲には茶色のレインコートと黒い帽子の男が深夜に出入りするのが目撃されていた。そのうえ、ラルフのいいなずけの御嬢さんはひとこと文句をローザにいいたくて、彼女もまた深夜別荘を訪れてもいたのである。

 不可能犯罪はなく、オカルト趣向もなく、スクリューボールコメディもない。カーにしてはおとなしい。解説によるとチェスタトンに「3つの凶器」という短編があり、その趣向を取り入れたということらしい。まあそこに拘泥すると、上記のような深夜の謎の訪問者がどう行動したかから目をそらされるので、注意されたし。
 1937年発表で、バンコラン最後の事件。「夜歩く」事件ではさっそうとしていたが、引退してパリ郊外に独居している彼は55歳前後。フロックコートだのタキシードだのの正装は仕事のための服装だったらしく、ここでは割とぞんざいな安い服を着ているし、しかも案山子のようなくたびれた服を着て別荘を監視するというこれまでにないような行動をとってもいる。作者にしてももうこの探偵を扱うのが面倒になったのだろうな。ときに皮肉や逆説、警句を吐くもののどうも板についていないので、ギャグとしては受けない。「毒のたわむれ」事件のロシター青年もそうだったので、ますますフェル博士やH・Mのようなコンメディア・デラルテのストックキャラクターが必要になったのだろう。と書いたのは、初出年を知らなかったため。調べたら、すでに2大探偵の代表作はすでにたくさん書かれていました。ここは間違い。
 クライマックスは闇の賭博場を借り切っての大がかりなコン・ゲーム。ルイ14世に流行したもののあまりの掛け金の多さですたれてしまった「トランテ・ル・ヴァ!」なるカードゲームを行う。いったいギャンブルシーンはうまくかけるととても緊張感のあるもので、ほかにもカードゲームをカーはいろいろな作品で書いているけど、ことサスペンスということではこれが最高峰。筆も乗っていて、文章量も多い。ここは読みでがありました。