odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

カーター・ディクスン「白い僧院の殺人」(創元推理文庫)

 <白い僧院>というが修道院のことではなく、ロンドンの郊外にある館の名前。そこの別館で事件が起きる。

 発端は有名女優に毒入りチョコレートが送られたこと。それを食べた女優のエージェントが中毒になるが、一命を取り留める。それから1か月ほどして、彼女のパトロンが<白い僧院>に招待した。寒い冬の朝、別館で女優が殺されているのが見つかった。困ったのは(読者にはうれしいことに)、当日の午前1時ころから雪がふりだし、別館の周囲は雪が積もっていた。そこにあるのは発見者の足跡のみ。別館に犯人が隠れているかもしれないというので捜査してみると、誰もいない。犯行は午前3時ころであっった。空を飛んだか、秘密の通路を使ったのか(これは否定された)。どうやって別館から逃走したのかはさっぱりわからない。
 小説のほとんどは、事件発覚後、<白い僧院>にいた関係者の尋問と証言。とても長くてうんざりするのだが、どうやらこの女優はあまりよい評判がない。浮名を流して、たくさんの男と恋をしたが、気まぐれですぐに別の男にいいよってしまう。なので、<白い僧院>には彼女に翻弄された連中が集まっていた。まずは彼女を発見して有名にした映画監督。女優はそろそろ飽きてきたのは他の監督に乗り移ろうとしている。彼女の宣伝係(というがエージェントなのだろう)は彼女の気まぐれのしりぬぐいをさせられ、しかも仕事を切られるかもしれないと不安になっている。<白い僧院>の持ち主の弟は映画関係者であって、彼女に求婚したがすげなく断られている。でも未練たらたらで、女優を呼んだのはもう一度くどくチャンスを得るため。映画界の大物はこの監督および映画関係者と犬猿の仲。女優を自分の支配下におこうと画策している。その娘は、美貌の持ち主の女優に嫉妬するのか、顔を合わせれば口げんかばかり。映画監督はある舞台俳優の首を切っていたが、その俳優は失業を恐れて、<白い僧院>の周囲をうろうろしている。まあ、ほぼすべての関係者に容疑があるわけだ。こういう嫉妬と恋愛のるつぼとして劇団と映画関係者はよく使われるね。それに被害者は小説ではひとこともしゃべらないボディとしてしか登場しないが、彼女の話をみながすることで彼女のパーソナリティが浮かび上がってくる。典型的なファム・ファタール(運命の女)の物語。これはカーの好きな主題でもある。
 1934年で10作目くらいにあたるのかしら。正統な探偵小説の語り口。執拗な尋問と証言を延々と書き連ねるのは、このころのカーの作風。長丁場を読ませるための工夫は不可能犯罪と「運命の女」の翻弄だけとあって、途中はだれてしまう。幽霊でも登場させるとよかったかな(そうなると「震えない男」「魔女の隠れ家」と同工異曲になってしまうか)。
 事件当日深夜の行動がみんな不審で、正体のわからない人物が犬にほえられるとか、「私は犯人ではない」と書置きして自殺未遂をする人物がいるとか、回廊の階段から転落死する男がでたりと、事件は続発する。あまり緊迫感はない。そしてH・M卿がようやく腰を上げ、犯人を追いつめるコン・ゲームを仕掛けることになる。
 足跡のない積雪に囲まれた離れやという不可能犯罪の謎ときは、とても合理的。そんなことできるわけねーだろ、といいたくなるような派手なトリックではないのが好印象。まあ、現代の科学捜査ではむりなのだが、そこは戦前の作であるということでOK。そこを除いた小説作法が古いので、マイナス。傑作になり損ねた佳作。