odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

カーター・ディクスン「プレーグコートの殺人」(ハヤカワ文庫)

 1710年、ロンドンでペスト(黒死病、プレーグ)が蔓延していたころ、この邸の放埓な弟は平気で街中に出かけていた。特殊な魔術のおかげで病にかからないと信じていたのだ。しかし、願いはあえなく潰え、彼は病気の症状を呈して邸に駆けこんできた。厳格な兄は退去を命じ、斬り合いになって、弟はある樹木の下で息絶えた。「この家に禍いをもたらせてやる」と言い残して。以来、邸にはその男、ルイス・プレーグの幽霊が出るといううわさ。

 そして200年が過ぎ、今の持ち主の青年は心霊術にこった叔母に困っている。その夜も、心霊学者を招いて降霊術をしようということになっていたのだ。呼び出すのは持ち主の兄。彼らが邸にはいろうとすると、頭上から鉢が落ちてきたり、猫の死骸がみつかったり。真っ暗闇の降霊術は途中で中断され、心霊学者は手元の自動筆記のメモに顔をこわばらせる。そこには「あと7日の命」と書かれている。そのあと、心霊学者はひとり別棟の館に行き、内から閂をかけて閉じ籠もる。折からのしゅう雨は別館の周囲を泥濘にする。そして、彼は死体で発見された。傍らには、博物館に収蔵されていたルイス・プレーグの短剣。千枚通しのようなその剣で、霊媒師は何度も突き刺されていた。部屋は施錠され、泥濘には足跡がない。こういう不可能犯罪が幽霊屋敷で起きる。
 語り手はケンウッド・ブレークという作家か? 途中で口調が変わって、若いのか中年なのか不明なのがご愛嬌。彼が事件に巻き込まれるのは、<プレーグ・コート>の持ち主に「今晩、幽霊が出る部屋に一晩いてくれないか」という頼みがあったから。そこにゴースト・バスターズ(この場合はインチキあばきの意味)のマスターズ警部が加わる。というわけで、古典的な怪奇小説の枠組みの物語が進む。文体もそれにふさわしい重厚で大仰なもの。デビューから3−4年の間は、怪奇小説と探偵小説の融合を試みているのだが、この小説もその一例。なので、最初の事件が起きてから尋問が完了するまでの半分がこういう怪奇小説的。
 それが変わるのは、ヘンリー・メルヴェル卿の登場以降。カーの小説に初登場とあって(1934年初出)、詳しい紹介がなされる。ホワイトホールにある執務室のドアにある文句や機密書類が入っているとされる金庫などはこのあとの小説でなんども紹介されるので覚えておこう。チャーチルをモデルにしたとされる巨漢(5フィート10インチの身長はそれほど高いものではないが)が登場すると、一転してドタバタ劇に代わる。前半のもやもやした手さぐり状態は、卿の登場とともに一掃され、彼の寸言から事件の怪奇が実は合理であることが明らかになる。この小説の雰囲気が一変するのはよかったことかどうか。この後しばらくすると、怪奇小説風味が消えるから、H・M卿やフェル博士というキャラクターが怪奇小説には合わないと判断したのかな。
 さて、心霊学者には麻薬中毒霊媒がいて、彼を使っていたが途中で失踪。そして心霊学者の家でルイス・プレーグの剣で殺されたうえ暖炉で燃やされているというむごたらしい死を迎える。どうやら心霊学者は過去一人の妻を殺した履歴があり、莫大な資産は二番目の妻(所在不明)に贈られることになっている。「プレーグ・コート」の持ち主はフィアンセの弟が失踪したことにやきもき。彼は降霊術を馬鹿にしていて、ふてぶてしいはずだったのに。
 この密室トリックはとても有名で、小学生向けの入門書に必ず書かれる。とても久しぶりの再読では、そのトリックにはまるで驚かず、なぜ密室を作ったのか、猫の死骸や落ちてきた鉢植えがあるのはなぜかなどプロットの周到さに目を見張った。そのうえで意外な犯人がいて、意外な協力者がいて、ととても盛りだくさんな内容。この複雑なプロットの創案は若いカーの意欲がとても旺盛だったことを示している。
 ただ、文体がもったいぶっていることと、尋問が長々しいことで、読み通すのがちょっとつらい。自分としては、もう少し後の作品のほうが好みだな(というか読みやすい)。

    

 ハヤカワ文庫が出る前は、平井呈一訳の講談社文庫で入手できた。そのときの邦題を再現して、新訳が出た。