ニューヨークの養護院にいるラミーレスという老人と、彼を介護するアルバイト・ライリーの会話のみで進む小説(最後に数通の手紙が現れる)。ラミーレスはアルゼンチンの労働組合活動家で、投獄・拷問を受け、記憶喪失になり、人権擁護委員会の手によってアメリカに移送されたものと知れる。(アルゼンチンの歴史をざっとたどってみると、1929年の成果恐慌以来、ずっと軍事政権が続いていた。ときどきクーデターで政権担当者が変わるにしても、人権侵害は日常的に行われていた。とくに1976年から1983年にかけてホルヘ・ラファエル・ビデラ(Jorge Rafael Videla)将軍率いる軍事政権によってアルゼンチン国民に対して「冷たい戦争」と呼ばれる弾圧行為が起きた。この小説は1980年発表なので、ラミーレスの経歴はこれを背景にしている。)
ライリーは大学院で社会学を学んだ後にドロップアウトし、家庭崩壊して独身。再度、大学勤めになろうと画策している。最初は老人の疑心暗鬼を手探りするライリーに同情するものの、次第にライリーの手前勝手さに憤り、いずれにも感情移入できぬままいらだたしさのうちに小説の幕が下りることになる。
いずれも男の身勝手さを身に包んだものとして描かれる。ラミーレスは家庭を顧みず、労働運動に邁進、結果として家族は爆殺される。ライリーは一度結婚したものの、妻に愛想を付かされて離婚する。モチーフはマチズモの敗北、それによる人生の孤独、ということか。
それだけだとうっとうしい限りであるが、ここにラミーレスの妄想(過去の記憶に投影されているか)とそれにつきあうライリーのでまかせがからみあって、筋をおうのはほとんど困難。どの会話が現実で、あるいは妄想なのか見当もつかないという迷宮にはいることになる。映画的な書き方であるが、映画化できない小説だ。
1980年作。