odd_hatchの読書ノート

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アドルフォ・ビオイ=カサーレス「豚の戦記」(集英社文庫)

 1960年代末と思しき。ブエノスアイレス、アルゼンチン。この国を簡単に振り返ると、1900年代初頭から移民を受け入れてきた。主に、スペイン、イタリアから。というのも、欧米企業がプランテーション型農園の経営に投資していたから。一時期は好景気。フリッツ・ラングメトロポリス」の失われたフィルムが発見されたとか、エーリッヒ・クライバーがコロン歌劇場の音楽監督に招かれたりと文化投資も盛んだった。それが第1次世界大戦、1930年代の大不況でいっせいに海外資本が引き揚げられ、そのあとは長い経済停滞が始まった。好転するのは2000年を過ぎてから。グローバル資本主義や海外資本の市場参入がどうなるかの実例があるので、この国の行く末を見通すために、中南米経済史は良い資料になりそう。

 さて、この時代。長引く不況にインフレ、失業率の増加、年金の遅配などが起きている。60歳前とはいえ、イシドーロ・ビダルはすっかり老人の仲間入り。自分の部屋にいると暖房費がかかるので(ちなみに6月末から7月初頭にかけての出来事。南半球は北半球と季節が逆で、極寒なのだ)、そとに出たいがいくところは安いレストランか喫茶店。そこに友人6人が集まって、カードゲームに講じるくらいしか楽しみはない。そして老人たちの描写の辛辣かつリアリスティックなこと。身体能力が衰え、体温制御ができなくなり寒がっていて、歯を失い、入れ歯から口臭が漂う。身だしなみはいい加減になり、ふけのかかった生地のすり減ったコートをいつも来ていたり。もはや羞恥や自尊心をなくしたのか、いじきたなくなり、他人をののしり、怒りっぽくなっている。一方では、家族がいないことに孤独を感じてもいる。性欲の減少におびえ、異性の興味をひけなくなっていることに諦念をもつ。登場人物の描写から浮かび上がる経済停滞と老年問題は深刻で、どうにもやりきれない。
 この時、突然、青年たちが老人を襲い始める。初めは突発的な事故として。それが青年の組織化がおこり、集団で老人を暴行し、死に至らしめる事件が続発する。青年のなかには老人をかばうものもいるが、集団や組織の叛乱には無力。この老人たちは、ときに屋根裏部屋に隠れたり、人にかくまわれたりして、事件をやり過ごす。それでも事態が彼らに無関係ではないのは、サッカーを見に行った老人がサッカー場で殺されたり、拉致されたり、密告された老人が暴行されたりすること。1人が死亡し、2人が重傷をおう。ビダルも町中を歩いているとき、2回騒乱に巻き込まれ、ようやく逃げおおせたのだった。青年たちはこの事態を「対豚戦争」と呼ぶ。まあ、老人たちは世界に余分なもので、はやく消えてほしいというわけだ。「対豚戦争」は1週間で突然終わるのだが、その理由は「青年たちが明日は自分らも老人になることを理解した」からだってさ。この小説では戯画化されて、アクションコメディのような笑いがあるのだけど、読者の現実世界を振り返るとうそ寒くなるんだよな。もしかしたら「対豚戦争」はずっと昔から進行中で、みな狩り殺される豚になるのではないか、と。
 一方、ビダルはこの非常事態でなぜか女たちの関心をひく。たった1週間で3人の女性に誘惑され、ほとんどベッドインするところまでいく。これには理由が語られない。緊急時においてこそ愛は深く燃え上がるとでもいうのかな。そのアヴァンチュールののち、20代の女性が同棲を申し出て、50代と20代が新しい暮らしを開始する。これはもう大人の、男のメルヘンなんだろうなあ。そうでもしないと、やりきれないからねえ。でもこの小説の老人たちは自分の未来の姿。