odd_hatchの読書ノート

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遠藤周作「聖書のなかの女性たち」(講談社文庫)

 聖書というが取り上げられるのは、新約聖書のおもにイエスとなんらかの関係のあった人たちに限られる。取り上げられたのは、
・名無しの娼婦 (ルカ7-36)
・ヴェロニカ: 十字架を背負うイエスの汗を拭いた女性
・病める女: 長血を患った女(マタイ9-20)
・カヤパの女中: ペテロの否認で、ペトロを見つけた女性
サロメとヘロジャデ: オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」に出てくる
・マルタ: イエスと弟子たちを招いた祝宴でかいがいしく働いた姉
・ピラトの妻: のちにキリスト教徒になったという伝承がある
ルルドの聖母
 聖母マリアとマグラダのマリアをのぞくと、奇蹟物語に登場するだけ。4つの聖書では名前が書かれていないが、他の伝承の名前を採用している場合もある。

 聖書というと、男性の話が多い。というのも、当時のユダヤ社会では女性差別があったので(しかもローマ支配のために二重の差別のもとにあった)。イエスは弱いもの、虐げられたもの、苦しんでいるものへの憐みをもち、彼女らにやさしい視線を持っていたとされる。イエスを囲む人たちのなかにも女性はたくさんいた(でも、シャドウワークを担当していたようだ)。語録には登場しないが、奇蹟物語他でときどき登場する姿は印象的で、女性の典型を見出すことができる。だいたいこのような内容かしら。
 そのような視点は、エッセイが書かれた敗戦後の経済成長前の時代(1957年に婦人画報に連載され、1960年に単行本化された)では、ここに描かれた女性像は共感を得るものであったのかしら。このエッセイでは、聖書らに登場する女性らは「良妻賢母」であることが重要であり、夫や子らを支える「縁の下の力持ち」の役割を果たしてきたとされる。そのうえで、現代の読者である女性は、このような聖書の女性をモデルにすることを薦める。この主張は、結果として女性の意識や生き方が狭くするのではないかなあ。
 というのは、聖書や著者には、見えなかった人たちがいると思うので。たとえば、商人や芸能人として諸国を行脚していた人とか、家の実業の経営や管理を担当していた人とか、地域や職域などで皆をまとめたり企画を案出して実行していた人とか。マネジメント、プランニングを行い、リーダーシップをとる女性たち。必ずしも女性は家庭に押し込められていたり、職域で差別されていたわけではなくて、そのような生きにくい時代でも自己実現を達成した人たちはいたし、いるわけだ。朝のテレビ小説のような女性向けのドラマでは、こういう社会の抑圧に耐えながら実業で成功する女性が昭和元禄のあたりから描かれるようになった。でも、男性社会では女性のロールモデルにならないし、記述されることはない。あたり前で普通のことだから。そういう女性たちを見逃しているのではないかなあ。
 そういうところが気になった。
 ただ、そういうごく普通のありふれたありかた、生き方から漏れてしまったより貧しい女性、苦しむ女性、虐げられた女性はいる。彼女らにイエスが優しい慈しみの視線を投げたというのは重要で、大事。ここは強調しておかないといけない。
 著者は1950年から数年間フランス・リヨンに留学。その間にエルサレム旅行をしたらしく、「エルサレム」のエッセイに詳しい。まだ中東戦争の始まる前で、緊張感はあっても、複数の宗教の行き来が可能だった時代の記録。ゴルゴダの丘につくまでの町中の道路に「ここでイエスが倒れる」「ここでヴェロニカが顔をふく」などの目印があったのだって。観光収入を得たいとき、宗教も俗化するのはいずこも同じ、か。

※ 第2次大戦後のイスラエル建国のあとに、イスラム教とキリスト教は互いに不寛容であるようになった。でも、イスラム占領時代の中世スペイン、同じく中世のトルコや中国では、このふたつの宗教のみならずその他の宗教が同じ都市に平和的に共存し、協力しあいながら生活していた歴史がある。とりわけ中世のイスラム帝国では多宗教に寛容であったという。現在のイスラム原理主義のような不寛容は現代においてあらわれたものであることに注意しておかないといけない(イスラム原理主義は、イスラエル建国後のイスラム教徒への迫害や難民化をへて現れたのだ)。