odd_hatchの読書ノート

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森安達也「近代国家とキリスト教」(平凡社ライブラリ)

 初出が1994年。例のオウム事件が起きる前の年。

宗教とはなにか ・・・ この問題を考える切り口に宗教と社会の関係や、宗教組織などを見る。なぜなら教義は宗教と社会の関係にほとんど関わらないから。多くの宗教戦争も宗教の教義をめぐる争いではなく、経済の不均衡や政治的な抑圧などを主な原因としている。

宗教改革と近代 ・・・ というわけで、西欧・東欧および周辺国を範囲にキリスト教の歴史を見る。非常に簡単にまとめると、ローマ帝国がなくなった後、封建領主の乱立する世界においてある程度中央集権的な権力をもてるのはローマ教会だったので、積極的に権力と権威の拡大を図った。それが中世。組織が拡大し、利権が生まれるようになって、周辺地域や組織の末端などから組織批判・権力批判が起こる。当初は暴力的に抑圧してきたが(カタリ派、フス教の反乱など)、ときに地域の世俗権力との関係で長期間の抗争になる場合もあった(イギリス、ドイツ、フランス、その他の宗教戦争)。また十字軍によってイスラム社会と接触することにより、多様性に開眼した。さらに、貨幣経済の浸透、封建領主の権力の没落などで王権が拡大。ここにおいて教会権力は世俗権力との抗争に敗れていく。一方、新しい国家は国民の統一意識を高めるために教会権力を利用することもあった。このようなストーリーは架空であって、地域ごとに異なる様相を示している。あと、この章の面白いのは東方教会とスラブ社会、イスラム社会、ノルマン社会についても書かれていること。もうひとつは、宗教改革が情報革命(印刷技術)と経済改革のもとにおきていたこと、ついでに言語改革(聖書をラテン語から現地の言葉に翻訳)もあって読者が生まれている(しかし、大多数は聖書は耳で聞いて覚えるものであり、今でもカソリックは聖書をさほど読まない。だから、スミス「誰も教えてくれない聖書の読み方」みたいな本がアクチュアリティをもつ)。かなり駆け足で書いているので、キリスト教史の概略を知らないとこの章はたいくつだろう。堀田善衛の中世を舞台にした小説(「ミシェル 城館の人」「路上の人」「ゴヤ」など)の参考になるので、ファンは読んでおいてよい。

フランス革命と教会 ・・・ 18世紀のフランスを見ると、1)教会内部で教義論争が起き、教会の権威が低下、2)啓蒙主義の思想が盛んに喧伝。その結果がフランス革命になる。啓蒙主義の特徴は、超自然的啓示が人の生活に支配を及ぼすことに反対、代わりに人の理性が世界の構造を理解する基本的な手段になり、実際生活を合理的に秩序立てることにある。そうした面でフランス革命をみると、歴史上では稀有な反宗教政策をもたらした。1)聖職者の公務員化→反対者の追放や亡命、2)暦の改革→宗教儀式を生活からなくす、3)修道院の解散と資産の国有化、あたり。そして理性礼拝ともいうべきページェントなどが実施された(自由の女神キリスト教の伝統の無縁の創造物)。まあ、ロベスピエールの失脚と処刑、ナポレオンの皇帝簒奪などで、このあたりの「革命的」改革は終了し、「反動」が起こる。今ではフランスは有数のカソリック国。読んでいる最中、ベルリオーズの荘厳ミサ曲を聞いていたのだが、1825年初演というのはどういう意義だったのか、と思いを馳せる。そこに参列した人びとと背を向けた人の内面に起きたことを考えてみる。
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ロシア革命と宗教の命運 ・・・ ロシア革命の前に東方正教会の歴史が語られる。いろいろあるけど注目点は、東方正教会は神学校を作らなかった。神秘的な啓示を重視したのが主な理由だろうが、そのために神父他の知的水準が下がり、国政に影響を及ぼせなかった(外川継男「ロシアとソ連邦」講談社学術文庫)。知的好奇心を満足できない若者は西洋の神学校に行き、カソリックプロテスタントの教義を持ちかえる。ときには社会主義などを持ち込んだりして、のちの革命の知的な遠因を作った。ロシア革命でも教会の国有化、教会関係者の追放、反宗教教育、暦の変更などが行われた。とはいえ、完全に無神論が貫徹したわけではない。なお、20世紀の重要な出来事は1905年のフランスでの政教分離令。

「神の復讐」は始まったか ・・・ 20世紀を振り返ると、ことキリスト教に関しては、1)政教分離令や革命などに象徴されるように国政の影響力をなくしていった、2)聖職者になる人が少なくなった、3)教会と人びとの結びつきが薄れていった、4)教会を経由しないで神を考える人びとが増えていった、など世俗化が進行している。一方、1989年の東欧革命とローマ法王の活動で教会の権威が高まる傾向もある。また、イスラム教やヒンドゥー教でも宗教の復興が強まっている。この宗教の復興に入るのは、人々の生活を宗教活動で支配することと、国の政治を宗教で行うことあたりを主要な目標にしている。


 最後の章に追加することがあるとすると、先進国の「カルト宗教」の問題。もともと宗教には脱俗して修行するという仕組みがあるが、問題を起こすカルト宗教はここで反社会・非社会的な行動を取って、他の人びとの利益と衝突したり他人の権利を侵害している。あるいはロビー活動や地域運動を行って、政治に影響力を発揮するようになる。たいてい、狂信的ナショナリズムと排外主義とセットになっている。
 キリスト教と西洋の社会は、宗教戦争・党派の対立・反宗教・宗教分離などの長い経験をもっていて、そこで多くの血を流したこと、離散する人びとが生じたこと、それを批判する勢力(いろいろな立場からの)があった。長年の経験をへて、20世紀(の後半かなあ)になって、ようやく宗教を政治、ないし生活の問題を分離して考えられるようになってきた(ように見える)。現在起きている宗教の側の不寛容、社会が宗教をみるときの不寛容になんらかの解決策を見出そうとするとき、この本にあるような歴史は知っておいてよい。キリスト教と西洋の社会は、狂信的で反西洋の宗教運動にうまい対応をしめすことができていない。
 これほど大きな問題に解決策など提示できない。個人的な感想を付け加えれば、啓蒙や教育でもっていっきに解決すると考えてはならない(そう簡単に人は変わらないから)。啓蒙や教育は無力ではないけど、変化には時間がかかること(たぶん数世代にわたる蓄積が必要)を知っておくべき、かつ啓蒙や教育の内容がふさわしいかを常にチェックする機能をもっていないと別の教説やイデオロギーの押し付けになり、反動を起こすよ(フランスやロシアの革命を見よ)。あと、経済の不均衡や貧困の固定化がなくなることが、解決の前提になると思う。