著者の師匠は中村隆英だそうで、中村隆英の著作では「昭和恐慌と経済政策」「昭和経済史」講談社学術文庫でお世話になりました。
この本は2007年時点でのこの国の経済を振り返るという意図をもつ。前半は経済史、後半は各論(同時にさまざまな経済学分野の紹介)。これは経済素人にとってはとても手軽な入門書。まずこの本を読むところから経済の概要を勉強するのがよい。とはいえこの小冊子にいろいろなことを詰め込んでいて、とくに理論的な説明が不十分だから、そこは別個に勉強しておくとよい。
日本経済への視角 ・・・ こうみてはいけない日本経済論。日本は異質=文化的説明、遺伝子、系譜を根拠にすると間違いやすい、たとえば終身雇用は西洋でも一般的だった。特定の物差しのあてはめ=たいてはアメリカと比較するが、アメリカの資本主義や民主政治は西欧とは違う。上からの近代化=この国はむしろインフラのボトルネック防止に力を入れていて、特定産業の成長は自助努力、政府の介入は衰退産業や競争力のない産業保護に限られる。など。通俗経済本や日本文化論は形無し。比較制度分析(個人的な体験で語るのではなく、各国の制度と比較し、研究者や観察者の立場を相対化する)で見えてくるのは、サブシステム間の調整機能の重要性=ある仕組みを変えただけでは関連するシステムが混乱するのでうまくいかない、複層構造=日本の労働者の自発性とか調整などチームの強さはブルーカラーでは顕著だがホワイトカラーでは低生産性と長時間労働と責任のあいまいさを生む、競争=この国では脱落しないための競争が激しく、サービス残業・過労死の原因、そうなるのはプロジェクト管理が現場にまかされているから。などなど。
日本経済の歩み(明治から戦後復興まで) ・・・ テイクオフの条件には、1)投資率と貯蓄率の高さ、2)出生率の低下、3)導入技術を受容・利用できる能力の高さ(たとえば基礎教育の普及)、4)農業の生産性向上、などがある。19世紀初頭の世界各国の一人当たりGDPは大きな差がない。20世紀を通して国の間の差が大きくなった。成長と停滞の差がはっきりする。19世紀後半から日本の近代化が始まる。個人的に目の付いたのは、「1940年体制」論は過大評価であるという指摘、戦後は個人資本家の消滅した法人資本主義、改革は抵抗勢力のない時に進む(健康保険に対する医師会、国民年金に対する財閥の抵抗がなくなった統制経済下でこれらが成立したのが典型的)、など。統制経済は廣重徹「科学の社会史」の科学の体制化にも関連しているので注目すること。
高度経済成長 ・・・ 高度成長の理由になるのは、1)戦前からの投資設備が残っていたこと、2)固定相場で円の価値が低かったこと、3)利益を設備投資に回したこと、4)潤沢な労働力が衰退産業から供給されたこと、など。国内総生産に占める輸出入の比率はそれほど高くない(「貿易立国」「貿易依存度が高い」は正確ではない)のも重要。この時代は「小さな政府」で済んだ時期。
1970年代の日本経済 ・・・ 通常はドルショックとオイルショックの外の原因が成長停止の原因とされるが、同時期に内的な拡大基盤を失った(労働力の供給停止、沿岸部の工場開発地域の縮小、家庭の消費規模の縮小など)。あとこの時代のリストラは、生産と消費の省エネの実現になったが、雇用関係を資本優位にしたことと下請けを「泣かせる」ことを進めた。福祉の拡大(財政支出の増加)と税収の減少が起きる(財政赤字と国債地方債の増加)。
1980年代の日本経済 ・・・ 1)アメリカの対日経済摩擦が起きた。アメリカでインフレと経済の停滞がおき、その解消として貿易赤字と債務の先にある日本への要求が厳しくなった。2)小さな政府運動と強い国家が政策になった。イギリス、アメリカ、日本で。3)いくつかの新興発展国が生まれた。4)この国ではバブル経済。重厚長大から軽薄短小への産業変更に成功して、貿易黒字が最大、企業のリストラによる金余り、金融機関の融資拡大などで資産価格が急拡大。一方、一般物価は安定。なので、政府も日銀も対策が後手になった。バブル経済の問題は、必要性が低く採算の悪い投資が行われ(地方の遊戯施設など)将来の投資(高齢化、少子化対策など)を遅らせたことと、停滞と不況が到来したこと、資産の格差が拡大したこと(ほんのすこしの生まれの差で就職に差が出る、それは企業が人材投資を縮小しなければならないため)。
バブル崩壊以後の日本経済 ・・・ 生じたのは、ストック調整。過剰な在庫、設備投資、人材投資などを抱えて、投資を減らした。一方、負債は減らないので、利益が返済に回され、投資が止まる。金融機関は再建できない事業や企業に追加投資をし、不良債権を拡大した。そのためにマネーの流通が止まり、不況とデフレを継続した。新興開発国で金融通貨危機が起こる。国内金融機関の未成熟とかグローバルなヘッジファンドの投機などが原因。家庭の貯蓄率が減り、外国人投資家の株式所有比率が増えている。失業者・非正規雇用者が増えて、低所得で雇用が不安定、セイフティネットからはみ出す人が増えている。
心理的なことでは、悲観・弱気・自信喪失などが人々に蔓延、政府はこの国のヴィジョンを示さず危機をあおったために信頼が低下、無責任体制の露呈にわかるものとしてコンプライアンス(法令順守)が重視されてルール順守が要求される。鬱屈した心情に、自信喪失と未来展望のなさが拍車をかけている。
直近の事態になるほど、まとめがあいまいになってきて、原因と結果が不分明になることもあるが、まあそういうものだろう。事態が変化している渦中にあるときだからね。落ち着いて(経済学という学問だと20年は経過していないと、判断を下せないのかな)から、見直して評価が下せるのだろう。
個人的には1930-40年代の分析が少ないのが物足りないけど、1868年から2007年を鳥瞰し、現在の問題に触れるためには50年以上前のことは簡単にしないといけない。そこらへんの個人的な感情はあるけど、過去100年の経済とその問題(成功と失敗、原因と結果など)をおおざっぱに知るには非常に有益な本。4年ぶりに再読し、すこしは経済学の本を読んだおかげで、これほど濃密であったのかと驚くことになりました。