2015/05/11 ジョン・ガルブレイス「ゆたかな社会」(岩波現代文庫)-1
タイトルの「ゆたかな社会」は明示されなかった。たぶんそれは1920年代と1950年代のアメリカを指すのだろう。高い成長率で経済が発展し、それに伴い賃金が上昇。工業・サービス部門では労働力が不足し、農業では機械化合理化が進み、生産性が高い。生産物は他国に比べて品質と技術に優れ、圧倒的に優位である。人口構成はピラミッド型で、どの分野でも成長が見込まれる。そのような社会を想定してガルブレイスは、経済の問題を指摘した。
「ゆたかな社会」は保守的な雰囲気を作る。なにしろ昨日より今日の方が圧倒的によく、しかも明日がさらによくなることが高い確度でみこまれている。そういう社会に住む人々の意識を分析したのが「満足の文化」。この本で暗示的に描かれた保守的な人々はその本で詳しく批判されている。
それはさておき、あいにくアメリカの「ゆたかな社会」はガルブレイスの思い描いたようには進まなかった。民主主義の監視者としての<帝国>は軍事費の重い負担にあえいだし、生産の優位は他の国の成長で脅威にさらされた。ついには、国内の生産設備が海外に移転し、アメリカの労働力を吸収できる成長産業はない。「労働、余暇、新しい階級」の章の未来は実現していない。それらを踏まえて、後半を読んでみよう。
集金人の到来 ・・・ 生産による欲望造出の機能は、消費者の負債を増やし(ローンやクレジットで買うので、支払金額が収入のかなりを占める)、経済の不安定をもたらす。タイトルの集金人は個人金融の取立人のこと。
(負債が多いと、個人の貯蓄率が低くし、国内投資が下がることになり、欲望創出は貿易赤字を拡大する。個人の借金返済を使ったハイリスクの金融商品は、不況で返済が滞ると、すぐに破綻。投資していた企業は巨額な負債を持つ。そういうサブプライムローン問題が2007年ころから起きたねえ)
インフレーション ・・・ インフレがいかに危機であるかの説明。需要の拡大にともない商品価格は上がるが、賃金の上昇が連動しないので、労働者・公務員・年金生活者などの生活が苦しくなり、需要を抑制することで不況になる。念頭にあるのは1920年代のインフレと1929年からの大不況だろう。
(ここの説明は古い。不安定なインフレ、上昇率の高いインフレは警戒するものだが、安定した低率のインフレは経済を成長させるというのが最近の説明。過去のデータから明らかとのこと)
貨幣的幻想 ・・・ 連邦準備制度によるベースマネーのコントロールは金融政策の重要なものだが、ガルブレイスは否定的。というのも1930年代の不況でほとんど役に立たなかったからだって。
(最近の1930年代不況の研究では、財政政策を積極的に行っていれば、不況の長期化は避けられたとする考えが一般的。)
生産と価格安定 ・・・ ガルブレイスにとって経済の危機はインフレであるから、金融政策も財政政策もインフレ抑止に使われるべき(そうしないと貧困層と年金生活者が大打撃)。でも、財政政策で価格安定策を取るのは効果はないよね。無理にやるとソ連型の統制経済になるし。
(うーん、彼の政策はどういうものなのかよくわからん。)
社会的バランスの理論 ・・・ 自由主義経済の発展で、個人の所有は伸びたが、公共サービスは遅れている(これを社会的バランスと呼ぶことにする)。公共サービスの財源がインフレ/デフレの弾力性がなく、必要に対して常に不足しがちで、人口増加と流動で予測が困難だから。また、税金で国防費を賄っているのが公共サービスの充実に大きな障害になっている。
投資のバランス ・・・ 産業の発展は労働者にたかい質を求めるが、人材教育の費用を企業は出し渋るので、その負担先があいまいになっている。アメリカは企業内教育という習慣はなくて、教育は労働時間外の自己投資だからね。あと、教育が進むほど、消費者の欲望が薄れるのではないか(その結果需要が減る)という杞憂を吐く。
転換 ・・・ 問題は、私的欲望造出のはかない過程にひきずりこまれていること、社会的アンバランス(個人の所有の増加と公共サービスの低下)が生じていること、経済の不安定性が高められていること(とくにインフレ)。で、転換が必要。
(クルーグマンが生産性、所得分配、失業をあげているのと対照的)
生産と保障との分離 ・・・ 生産性が高まることが何より必要だから、失業はもっとも回避すべき問題。そこで、失業手当と職業訓練の充実で、生産性の向上に寄与すべし。
(前の章との整合していないと思う。失業率が低くなると、インフレが進むでしょうに)
バランスの回復 ・・・ 社会的バランスを改善するには、累進課税と売上税(これは地方財源にすべし)の導入が不可欠。あと国防費、軍事支出の削減。それをする前提は、失業率が低いこと、だそうです。
(施策は同意だけど、前提は共有しがたいなあ。)
貧困の地位 ・・・ ゆたかな社会はすべての人の生活を安定するだけの生産があるが、貧困層は厳然として存在する。それは恥辱であり、労働力の無駄であるから、投資をして貧困層を抜け出せる補助をするべき。
労働、余暇、新しい階級 ・・・ 生産性が向上すると、労働人口の減少、労働時間の減少がおこるはず。そして生活のために労働するのではなく、楽しみや自己実現の延長として収入とは無関係に仕事を選択する「新しい階級」が生まれるだろう。
(ここを書いたのは1960年代後半なのかなあ)
安全保障と生存について ・・・ ゆたかな社会を実現してもその生産のかなりを軍事・国防を占めているのはよくない。
(これはポール・ポースト「戦争の経済学」バジリコによると誤りだ。国の支出に占める割合は多くても、GDPの総額からみると少ないので、ガルブレイスの懸念は実現しない。)
「ゆたかな社会」イメージが上記のような時代であったので、そのときの前提条件が崩れると、彼の経済分析は役に立たなくなってしまう。「クルーグマン教授の経済入門 」(日経ビジネス文庫)などを頼りに読むと、インフレや連邦準備制度などの記述は、間違っていると思う。クルーグマンも評しているように、俗耳にははいりやすいが誤ったことを吹聴していた経済学者ということになるのだろう。いくつかガルブレイスの著作を読んで、彼の説明がよくわからないことがあったが、それも理由のあることだったか。経済学者としてのガルブレイスには期待しないことにしよう。
別に読むところは、彼のリベラルな主張か。公共財、公共サービスの不足している状況が個人の欲望の充溢に対してなんとも嘆かわしいとか、貧困層に十分な手が差し伸べられず貧困の連鎖から抜けられないとか、失業者への対策を充実して雇用を増やそうというあたり。人々に暖かくあろうとする「ウォーム・ハート」をもったリベラルな主張は傾聴に値する。
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