odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

都筑道夫「死体置場の舞踏会」(光文社文庫)

 私立探偵・西連寺剛を主人公とするシリーズ第五作。1986年刊行。個々の作品がいつの発表かは書いていない。前作からしばらくたったので、西連寺の料金が1日2万円から3万円に増額。インフレ進行中の時代でした。

海猫千羽 ・・・ 兄を連れ戻してほしいと会社社長がいう。行方は分かっているので、簡単なはずだが、中年の兄は「妻を殺しました」という。説得はいったんあきらめて帰ると、たしかに妻はいない。家出だと考えて、30歳若い妻の友人たちを調べる。妻はかつてカメラマンと同棲していたことがわかり、その男のアパートに行く。アクションはほとんどなくなり、行き先々の初対面の人たちの話を聞くことになる。それぞれが鬱屈や不満を持っていて、妥協をしながら生活しているのが浮かび上がり、孤独な男に沁みついた自己嫌悪と自尊心のアンビヴァレンツな心情が重苦しい。人生のほとんどに挫折すると、偏屈になっていくものかねえ。

砂時計 ・・・ 尾行がばれてしまい、ターゲットに声をかけられるという間抜けをしてしまった。そのままターゲットの相手をして、不倫相手のマンションにいったら、相手は殺されていた。驚いたのは、被害者の不倫相手は前日に備考の依頼をしてきたターゲットの妻と名乗っていた。ここでは、解決はあいまいなまま。というのは、探偵の目した真犯人の自白を得られないから。探偵の推理はおおむねあたっているようであるが、沈黙にぶち当たり、それ以上の追及が不可能になる。こちらの読者も不安になるところを、最後の節で納得できるような気分になる。それは理屈ではないな。小道具にミスターTのぬいぐるみがあって、当時アメリカで人気のあった俳優。プロレス者には第1回レッスルマニア1985年でハルク・ホーガンとタッグを組んだことで知られている。

不等辺三角形 ・・・ 高校生の娘が家出したので名がでないように調査してほしいという依頼があった。友人らを聞き歩くが、みな口が重く捜査に協力的でない。娘には不良の男がいて、ときに同棲していた。しかも家出の際に持ち出した56万円の行方もわからなくなっている。この不良の話をもう一度聞きに行ったら、殺されていた。シリーズのなかでも最も陰惨な事件。ひとつはませたふりをした高校生を食い物にする連中であるし、もうひとつはそういう連中をさらに食い物にする闇の連中。一番の被害者にどう声をかければい良いのか、どう接すればよいのか、おれにはさっぱりわからない。あと、この時代(1986年)にすでに自動車電話レーザーディスクが市販されていたのが驚き。自分の記憶だともう少し後だったと思ったので。

迷い猫 ・・・ 中年男がマンションから飛び降り自殺をした。飼っていた金目銀目の猫がいなくなったのが自殺の理由というのはおかしい、というわけで妻が犯人を捜してくれといってきた。まずは足取りを、というわけで、男の父にあい、弟にあう。文京区の古本屋街に関係する事件。ここでは老年の悲しさ、孤独あたりが主題。探偵は年上の話を聞くのに一苦労。

いの一番大吉 ・・・ 妻が家出したので、連れ戻してほしいと会社経営者から頼まれる。足取りははっきりしていて、すぐに見つけ、近くの寺で話を聞いた。帰るつもりになったので、部屋に戻ると、そこには死体。それは捜査を依頼した夫だった。どうして夫は探偵を出し抜いたのか。警察の捜査は逃げた同棲相手に注目したが、行方が知れない。そのまま一年がたち、ふたたび妻から尾行されている感じがするのでボディガードになってほしいといわれる。タイトルは、昔、おみくじで最高の当たりをひいたから、これ以上の幸運はないだろうという家出した奥さんの述懐から。読み終わってからタイトルを見ると、とても皮肉がきいている。


 このとき、西連寺は40歳の手前あたり。元ボクサーであることや事故を起こしたことはトラウマにはなっていない。もはや暴力は彼の属性ではない。暴力の助けがなくても自立できるようになった。そこで、彼は「傍観者」「観察者」に徹する。事件の依頼者や関係者の話は聞くが、彼が言うには「アドヴァイザーではない」そうだが、どうしてもそこまで踏む込むこともある。因果な商売だ。まあ、模範的なハードボイルドの探偵。
 ただ、事件の依頼者や関係者が彼の同世代でなくなったのがつらい。事件の関係者は10代、20代の若者(しかも定職がない)か、引退した老人ばかり。彼らとの世代間ギャップが、団塊の世代には重荷になった。どうしても彼らとのコミュニケーションがとれず、信頼を得ることが難しくなってしまう。人の感情も複雑になり、依頼者や関係者の持つ心情もまたなかなか理解しがたい、同感しにくいものになってくる。傍観者で観察者に徹したいと思っても、着手金という関係が探偵をドライに徹することを困難にしている。アドヴァイザーではないといいつつカウンセリングを行う。ときに警察の追及から逃れた真犯人に真実を告げることがあっても、法の裁きに引き出すことができない(現行犯ではないから逮捕権はないし、物証もないし)。それが私立探偵の仕事を不自由にする。というか読書のカタルシスを失わせる。どんどん暗くなり重くなっているのだ。この短編集には、「くわえ煙草で死にたい」のころの奇妙さや清涼感はなくなっている。
 ここが、探偵西連寺の問題になってしまった。それに、作家のセンセーも事件の複雑な謎を解くことよりも、人情の機敏や、失われつつある東京下町の風情を書くことの方が楽しくなっている。どうにも西連寺のキャラクターが生きてこない。
 そこらへんがあって、まだ続けられそうなシリーズを打ち止めにし、人情に風情を存分に書き込むことができ、法の裁きと職業意識の問題を回避できるホテルディックシリーズに転換したのではないか。そんな印象を持った。