odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

都筑道夫「ダウンタウンの通り雨」(角川文庫)

 私立探偵・西連寺剛を主人公とするシリーズ第三作。1981年刊行。個々の作品がいつの発表かは書いていない。

ダウンタウンの通り雨 ・・・ ハワイを舞台にした中編。ハワイに語学留学中の娘が行方不明になった。自分で言ってもいいが専門家の方が早く解決するだろうと、医師夫婦に依頼を受ける。1980年代初頭だと、こういう気軽な「留学」はよくあったと思う。高等教育の費用があまりかからず、親の収入が右肩上がりだったので、大仰な決意がなくても大丈夫だった。そのかわり気軽に帰国できなかったがね(航空運賃が高いのだ)。探偵は娘と同居している女性に助けを借りて、ホノルル周辺を動き回る。ハワイはセンセーのなじみの場所だったらしく、説明は的確(行ったこともないのにそう言っていいのか、俺)。娘を見かけたので、廃屋に入ると何者かに襲撃をうける。娘の友人には、ヒッピーの白人や現地の無職風の若者グループ、シンジケートの一員とマークされているイタリア系などがいて、聞き込みは困難を極める。若者グループの一人が探偵に情報があると誘うと、待ち合わせの映画館で絞殺されているのが発見。娘と同居する女性もなにものかが部屋に侵入したあげく、重傷を負ってしまう。探偵は女性の部屋からなくなっているものを思い出して、事件の枠組みをしり、犯人説得のために出向く。

油揚坂上午前二時 ・・・ マンションの前で言い合う親子。娘が家出した理由を知りたいと親に頼まれる。話を聞くと、まあ家で一人になれる空間がなくて困っていたのが原因。双方が電話し合って解決したが、その翌日娘から人が死んでいると電話。部屋と仕事をあっせんしてくれた服飾デザイナーが女装して死んでいたのだった。奥さんに相談して、どのような説明にするかを確認する。最初の事件はきっかけで、実はもう一つの愛憎劇が進行中。横から見ていると、事態ははっきりしないというのが、私立探偵の事件なのだね。会っていない人のことまで想像するのがこちらの探偵の仕事。

首くくりの木 ・・・ 昭和初期に小学生だった親父が話していた「首くくりの木」を探してほしいという奇妙な依頼が漫画家からあった。探偵もどうやら「怪盗ニック@ホック」に似てくるらしい。親の住所を手掛かりに東京下町を歩き回る。1980年当時に60代の老人の記憶でそれらしい木を見つける。このあたり、東京下町を文字で残すセンセーの意慾すさまじく、探偵小説の要請する以上の熱意で下町を克明に描く。その報告書をまとめていると、マンガかが自殺したという連絡があった。癌におびえていたらしいし、仕事が煮詰まって家族に不和があったためともいう。30代半ば、探偵と同世代の漫画家の自殺はどうにも心に重く、仕事を紹介した編集者と痛飲する。なぜ漫画家は奇妙な依頼をしたのか、その冴えた解答。


 探偵の存在感がどんどんうすくなっていく。元ボクサーという設定も次第に生かされなくなり、冒頭の中編で襲撃にあい、犯人がカミソリを振り回すのをおさえるのを最後に、暴力や腕力が使われなくなる。暴力団の川鍋組の薄田という魅力的な悪役も姿を消した(まあ、ホテルディックシリーズで別名で復活するのだが)。その代わりに、探偵は話を引き出し、聞く技術がましてくる(そういえば情報入手のために賄賂を渡すのも、冒頭の中編が最後だなあ)。探偵の仕事が、カウンセラーに似てくる。事件の処理は警察に任せることになるから、探偵は自首を勧めるところまでが仕事の一部。そうすると犯人や依頼人は自分の中の怪物や憑き物に直面していて、向き合い方が決まっていないから、整理のためにあるいはショックから逃れるために饒舌に話をする。話をすること自体がセラピーになるわけで、探偵の仕事ではないが、それに付き合わないといけない。
 あとは青年のモラトリアムとその年齢のアイデンティティの危機が事件の主題になっている。子供が大人になるまでの数年間は社会からすると何でもない存在になるので、空虚な自分に直面するわけだ。そのとき、上記と同じく、ロールモデルもなく相談先もなくあやふやで無定見なまま状況に流される。この時代は、昭和一桁が親で昭和30-40年代が子供だから、親の学歴が低かったり、核家族の第一世代なもので、親もまた子供に戸惑っていたのだよね。そこらへんのギャップが事件を起こし、親は自分で解決できなくなるのだね。そこに探偵の需要が生まれる。