odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「くわえ煙草で死にたい」(新潮文庫)

 私立探偵・西連寺剛を主人公とするシリーズ第一作。1978年刊行。西蓮寺は元プロボクサー。試合中のハードパンチで対戦相手を死なせてしまった経験を持つ。ボクサー廃業後は、知り合いのつてで私立探偵事務所の仕事を回してもらうフリーの私立探偵になった。年齢は32-3歳の独身。

逃げた風船1977.9 ・・・ 親がくすり屋のチェーン店を経営している息子の妻(ともに25歳)が失踪した。持って出たのは、級友の作った絵本(タイトル)一冊だけ。行方を追うとキャバレーに勤めていた。話を聞きに行くとまるで別人。そこで翌日会うことにしたら、アパートで殺されていた。探偵の聞き歩いた全員が事件に関係していて、家族の暗部があきらかになる。時代は1970年代。光化学スモッグのように人の心も曇っている。

幻覚が走る1977.11 ・・・ 高校生が家出したので探すことになる。地方文化人の集まるバーに出入りしていて、あたりを根城にしている暴力団から覚せい剤を購入しているらしい。高校生の友人宅を訪れると、友人の刺殺体があり、傍らには高校生の指紋がついたキーホルダーが落ちている。つぎの捜索先は高校生のガールフレンド宅。探偵が訪問した翌日、その娘は自殺してしまった。高校生の行方はどこに? 善意の人々が寄ってたかって、高校生の意思を尊重していたら、事件がややこしくなってしまった。ある人の自由は他人の迷惑、というのが教訓かなあ。

午前四時の苦い酒1978.1 ・・・ なじみになったトルコ嬢(ママ)から貸した金の返済が滞ったまま、借主がいなくなったのでみつけて取り返してほしいと頼まれた。借主はバンドのベースマン。出入りのキャバレーに行き支配人にあうと、あとでちんぴらに襲われた。嬢が同棲する画学生もいなくなった。チンピラの所属するっ暴力団幹部に3日間手をひけと脅迫される。死体を発見するのは止められていないよねということで探すと、ベースマンが殺されているのを発見。事件の中心にいるものには明確だけど、周辺にいて情報の乏しいものにはわけがわからない事態。

こわれた哺乳瓶1978.3 ・・・ 高校生の娘が夜更かしで遊んでいるので、何をしているのか調べてほしいという依頼。あるアパートでベビーシッターをやっていた。相手は中学の同級生で、夜はキャバレーでバイト。男はというと、妻を捨てて別居中。職探しの最中というが一カ月も連絡がない。ヒモの男のいくつもの顔。男を見る目のない女の情念の果て。

くわえ煙草で死にたい1978.3 ・・・ タイトルの歌謡曲の作詞家として名の知られた男がゆすりに会っているのでボディガードになった。作詞家の合図で近寄った女を尾行している間に、作詞家はホテルで殺されていた。煙草をくわえていた。ホテルのロビーで失業中でひまだから人間観察をしているという初老の男から情報をもらうことができた。ホテルディックの基本形になるような物語。都会の孤独、あたりかな。もう一つの孤独は書くとネタバレになるので書かない。

雨あがりの霊枢車1978.5 ・・・ 先輩ボクサーの娘が病死した。葬儀の最中、娘の恋人がモデルガンと爆薬で武装して、娘の遺体を誘拐した。先輩といっしょに後を追うと、恋人はゆすりのねたをよこせという。いうとおりに書付を渡し、警察の尾行を遠慮してもらう。車線に他の車がなくなったとき、後ろの車が追いかけて、霊柩車を止め、先輩を射殺していった。ゆすりのネタは偽物と、恋人にわからないようにほくそ笑んだのだが。


 この国のハードボイルド小説は、1950年代後半の大藪春彦河野典生あたりを開祖にするが、ミッキー・スピレーン風のアクション小説だった。なかなかハメット、チャンドラーの系譜のハードボイルドは書かれなかったが、これは極めて早い時期のハードボイルド。「探偵は眠らない」光文社文庫に「彼らは殴りあうだけではない」というエッセイがあって、初出がなんと1956年。海外小説の翻訳が再開されて数年後。その時点でハードボイルドの特徴をしっかりとらえた好エッセイ。エッセイを書いて20年たった実作ではもちろんこのエッセイの主張が十分に反映。たとえば、
「表看板の冷酷非情を裏切って、しみじみとしたセンチメンタルが漂」い「そのセンチメントは非情の沙漠に吸い込まれてしまう」(P513)
など。最後の作品が典型かな。世話になった先輩ボクサーの多面性を彼は発見し、同情を感じるが、職業意識は冷めた行動をするしかない。そのあたりの葛藤は本人の会話や内話には現れないが、行動を通じて読み取ることができる、あたり。