odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「西洋骨牌探偵術」(光文社文庫)

 鍬形修二は妻に三度も別れ、頼りの兄も亡くなった。タロウ・カードを泥縄で覚えて占い家業をするものの、誠実な占い師は足を使って依頼人の悩みを解決するはめになる。5編しかないが、印象深い探偵の登場。

腎臓プール ・・・ 邸内のプールに飛び込んだ妹(22歳くらい)がビキニを残して消えてしまった。屋敷は塀に囲まれていて出入りはできない。翌日、頭を殴られて殺された妹がプールで全裸で発見された。妹は、父の進める縁談を断って、自称作詞家と結婚したがっていた。ヴァン=ダイン「ドラゴン殺人事件」、カーター・ディクスン「墓場貸します」に挑戦する意欲作、かな。トリックよりも動機のほうが重い。人の心は肉親でもわからないのだよね、でも配慮してくれる、あたり。
亭主がだんだん増えてゆく ・・・ 占いの依頼者はセールスマンの妻(内縁)。帰ってくるたびに夫が別人になっているように思える。3人目の夫が現れたので、来てほしいといわれると、そこには夫の刺殺体が。その翌日には、夫が帰ってくるし、夫の名をかたる電話で書類のありかを尋ねられるし。夫が3人、そうなる理由はなぜでしょうというのが謎。地方にセールスにでて、数日間は連絡がつかないというのは、携帯電話普及前にはありふれていた。こういうセールススタイルもなくなったねえ。
アドリブ殺人 ・・・ 地方の劇団のトップ女優が稽古場で殺されていた。なぜか台本が消えている。稽古場には劇団の主宰兼台本作家が寝泊まりしているが、その不在のときのできごと。地方TVで脚本が売れ、トップ女優は主演を張ることになっていたのに。ここでは、動機が巧妙に隠されているところに注目。喧嘩しているからといって、相手を嫌っているわけではない。
 東野圭吾「虚像の道化師 ガリレオ7」(文芸春秋社)の「演技る」がよく似た設定。
赤い蛙 ・・・ 50代後半の因業婆さん、大金を集めたが、弟に遺産相続するのはおもしろくない、ここはいじわるのために昔下宿していた学生さんに譲ることにしよう。ついては探してくれと頼まれ、代金回収の日、婆さんは半裸で刺殺されていた。家にいたのは元学生のみ。便所にはいっているときに殺されたのだと弁明し、鍬形が家に入ってから元学生は出てきたのだった。家探しもしたが誰もいない。この密室はどうしてできたのでしょう。犯行方法といい、結核であと数年の命というニヒリストの元学生といい、どこかで読んだことがあるなあ、と思ったら、なるほど「罪と罰」だった。タイトルは因業婆さんの肩こり治療法が蛭に血吸いさせることから。
ガラスの貞操帯 ・・・ 秘所に貞操帯がついているみたいでsexができないという相談。実地で試してみますかということになってベッドで診断すると問題なし。そこで、昔の恋人と今のパトロンに会って話を聞く。とうとう相談してきた女の部屋にいったら、パトロンがきて、取り乱した女はベランダから飛び降りた。奇妙な依頼に、奇妙な信頼関係。その裏にあるもの。


 探偵はたいてい生活か好奇心のために事件に介入して、関係者の話を聞き、時には秘密を暴露することになる。それはデュパンからホームズからクイーンからヴァンスに、マーロウ、アーチャーまで変わらない(それにしても古いのしか知らないなあ)。ところが、鍬形修二は事件などにかかわるのが煩わしくてたまらない。できれば「事件」などに関係したくない。警察に事情聴取されるのもそうだし、なにより依頼人とその関係者の秘密を聞くのがためらわれる。にもかかわらず事件に関係するのは、占いではったりや口から出まかせをしゃべくりまくる技術がなくて、カウンセラーのようにプライベートに立ち入る話を聞いてしまい、金を受け取ってしまったから(とはいえ一回500円、出張占い料が5000円からというのは時代だなあ)。そこで関係ができて、無下にできない誠実さが鍬形にあるから。「心ならずの探偵」(シャブリエのオペラのもじり)というのは珍しいね。なので、事件の謎解きに加えて、探偵の苦悩も書かないとならず、それがこの短編の奥行きを作っている。


 以下は鍬形シリーズとは無関係。
二重底 ・・・ようやく雑誌連載の決まったコミック作家が考えた話と同じ事件が現実に起きてしまった。編集長に聞くと雑誌が売れると喜ぶし、編集担当のおんなのこは騒ぐけれど役には立たず。コミック作家は引き篭もるしかないが、現代の砂絵のセンセーじみたキャラメルのおまけ製造職人に話を聞いてもらった。翌日には事件解決。廃刊された古い雑誌の読み切り短編などだれも気にしないよねえ、というのが物事のきっかけで、似た話がコーコシリーズにあったな。
空前絶後、意外な結末 ・・・ 人を殺してくれる便利な奴はいないかなあ、とバーでボヤいたら肥った男がでは私に頼みなさいといいだす。ついていくと、これで私を殺しなさいと拳銃を差し出す。もみ合っているうちに暴発し、そこにマスクで顔を隠した若い男が現れ、まずは死体の始末をしなさいと命じる。まあ、こんな具合のてんやわんやのすえに、関係者みんながものぐさで面倒くせえといっているうちに、「空前絶後、意外な結末」がついてしまった。土方・近藤シリーズにものぐさ太郎がジョイントしたユーモア編。

 単行本は1975年。文庫化は1986年。