odd_hatchの読書ノート

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赤塚行雄「考える熟語集」(講談社文庫)

 著者は1930年生まれ。出版は1986年なので、55歳のとき。1960年代から80年代というのは、20歳から50代にあたる。たまたま生まれ年が区切りがいいので、自分の人生と年代が合致して考えやすいことになった。

「1960年代から今日に至るまでの日本とアメリカの学生用語、風俗語、時事用語そのほか。はやりの言葉や社会現象への正確で心あたたかいコメントを通して、現代人の志向する夢と欲望の内実を生きいきと語ってくれる。歴史の本質をより深く知りたい人たちにおくる、ユニークで役に立つ現代キーワード集。」


 まあ著者の選んだキーワードとはいえ、読み返すとその時代における流行言葉であったりする。多くのキーワードは学生たちやその時代の若い人達に注目したもの。この30年間をみる著者の視点は、どうしても若者の政治志向かな。60年代の過激になっていく反体制の運動というのは物騒ではあるし(というか傍迷惑なものであった)、といって70年代の無関心・マイホーム主義というのは権力を強くするものだし、80年代の消費志向・会社志向というのは資本主義を強化するものだろうし、とこんな具合か。80年代になると批判的な言辞が多くなるというのは、著者が60年安保に関心を持つような政治志向があるからでしょう。別の社会学者が同じキーワードを選ぶと、違う傾向(経済とかエンターテイメントとか)になる。
 キーワード一語につき、原稿用紙で3枚から5枚か。掘り下げが浅くなるのはしかたがない。同じ著者の「戦後欲望史 60年代」のほうが読み出があった。
 この本で取り上げられたキーワードというのをいくつか
「一点突破の全面展開」/「サヨナラの総括」/「ワイト島ロックフェスティバル」/「適正技術」/「ゼンコー型人間」/「モラトリアム国家論」/「ランボー的手法」
 出版時にはこれらの言葉のはやった時期を知っているものが読者で注釈はいらないし、言葉を示すだけで個人的な体験を加ええて膨らませることができた。もはや、いずれもこの本も別の注釈書を参照しないと、意味の通じないことば。

 本の話とはずれるけど、ここに書いておくとよいと思うので。
 この国の技術は昔っからずっと優秀、という言説があって、それがこの国の現状に対する自尊心を満足することに使われたりしているようだけど、少し長く生きている自分にはそうは思えないのだよね。むしろ明治維新の開国から長年の間は、外国の特許と機械を買って、劣化コピー品を安く売っていたのだった。「安かろう悪かろう」のが当時の評価。1970年前後の学研の小学生向け雑誌にあったのだけど、自動二輪をつくっていたホンダがアメリカで四輪車を売り出したのが、1960年代なかばあたり。安いけど故障しやすいので売れ行きが良くない。ホンダがしたのは、アメリカ全土に販売修理店網をつくって、24時間以内に部品交換と修理をするサービス。それでようやく顧客の信頼を受けて売上を伸ばした。技術で勝負できないので、サービスで差をつけるしかなかった(それはビジネスの戦略として「あり」で、実行したホンダはすごいことをやったのだ)。そんな話があったし、同じころにアメリカやハワイの土産物を買ったら、ラベルに「Made In Japan」と書いてあったという話もあった。1980年代の韓国製品や21世紀最初のゼロ年代の中国製品みたいな位置づけの時期があった。
※ F1やラリーで日本車が上位を独占するというのは1990年代に起きたけど(今は撤退したのかな)、1960年代は外車に全然追い付けなくて、完走すると「よくやった」といわれたのだよね。
 品質に優れているという評判はカメラ、時計のような特定製品では1960年代からあったけど、ほぼすべての製品の品質が優れているとみなされるようになったのは1970年代。開発力や企画力も評価されるようになったのはソニーウォークマンとビクターのビデオデッキが出た1980年あたりから。品質や企画がすごくなったのはそんなに昔のことではない。
 むしろ21世紀になると、他の国の製品と品質の差異はないし、販売エリアの現地ニーズにこたえる企画力ではずいぶん遅れを取ってしまった。1億人の人口は国内経済を回すには小さすぎ、海外輸出に頼るには国内市場の力が強すぎる。1950-60年代の強みが21世紀に弱みになっているように見える。「日本は良い国」とあまりノスタルジーとセンチメンタリズムにふけっていると、後れを取ってしまうよ。