odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

赤塚行雄「戦後欲望史 7・80年代」(講談社文庫)

 初出の1985年は80年代が進行中。なので、分析も手探り状態。
 表紙は左から三島由紀夫山口百恵大橋巨泉田中角栄。背景の写真はたぶん1974年の三菱重工ビル爆破事件。それと現役総理大臣の逮捕の報道。

 さて、70-80年代のキーワードを次のようにまとめる。
1.国家イメージの喪失 ・・・ 敗戦からの「追いつき追い越せ」モデルは、1970年の大阪万博で達成されたとみなされた。GNPが世界第2位になったというのも大きい。敗戦後のヴィジョンが達成されたのちの新しいヴィジョンを提案することはどこも(官僚にも政府自民党にも左翼運動組織にも企業にも思想家にも)なかった。その一方、公害の深刻さ、住環境のひどさ、労働環境の悪化、などなど個々人の生活が豊かになっていないことが「国家」の権威を認めないようになっていく。
2.わるのり ・・・ この国の人々のメンタリティが、結びつく力にも離れようとする力にも弱く、組織とか共同体とかチームとかにぐずぐずにかかわって安住する志向がある。インサイダーになったときに、組織の「空気」「雰囲気」とかをおもねって、「わるのり」するというわけ。無名で無個性で単体の人がから騒ぎして、それに「ノって」ポジティブフィードバックが働き、過剰な行動をとらせるようになる。そこでは理性は働かず、道徳の力が弱まる。芸能人の醜態から政治家のパフォーマンスまで、街頭の騒乱から学校や会社のいじめまで。
3.マトリズム(母権主義) ・・・ 敗戦がこの国の「パトリズム(父権主義)」を弱める。政治家から企業活動、学校、家庭まで父権的・権威的な運営が消える。マトリズムの特徴は、愛と保護と食物の確保。これは社会的、政治的には社会福祉、公共サービスの充実などに向かう。一方で、問題は寛大に扱われ、責任追及があいまいにされる。行動規範が自我の内部になく、社会や組織への同調になる。
 このようなキーワードでみたときに、この時代の犯罪がこれらの特徴から見ることができるよ、ということになる。まあ、70年代前半の新左翼の「テロリズム」や「総括」、後半の家庭内殺人・子殺し、80年代の劇場型犯罪や激情による通り魔事件など。この加害者たちが、父権の喪失において、自我の確立を図ることができず、情念の吐き出し口をもてず、あるささいなきっかけで爆発するというわけだ。そういえば、60年代編でも「情念」が重要なキーワードになっていて、欲求と欲望の間に「情念」があり、これは意識されることがないから(「むしゃくしゃする」「もやもやする」などと表現される)、満たされることがない。そこで、定期的に情念を噴出して、意識のエネルギーの鬱屈をなくさないといけない。かつては祭とか元服などの儀式が代行していたが、それは現代にはない。さらにマトリズムはそのようなエネルギーの噴出を嫌うので(なにしろ「安定」が重要なのだ)、ますます社会的な噴出機能がなかった(今から思うと、戦前の中学校と師範学校の定期的な喧嘩は性的衝動のたまる10代の情念に噴出機能だったのだな。もちろん60年代の学生闘争にもそういう一面があるはず)。とはいえ、そこらを社会的に用意したとしても、社会の管理の厳しさは情念を噴出しきれないだろう。ではどうすれば、というとこの本には解答はありません。
 なお注意しないといけないのは、このように犯罪が羅列されると、その時代は凶悪犯罪ばかりあり、人々は荒んでいたし、それ以前にくらべて社会は悪化しているという予断を持ちかねないということ。ここには統計がないので、70-80年代を危険な時代であると結論してはならない。別に2000年代最初のゼロ年代と同じくらいに凶悪犯罪はあったし、同じくらいに安全でもあった。
 さて、1990年からあとを「失われた10年」(または20年?)と呼ぶことがあるが、それをなぞれば1970-80年代は「与えられた20年」であるという指摘がある(笠井潔など)。欧米諸国はオイルショック以後の不況にアップアップしていたが、この国だけが好況を維持していたから。そういう視点で今(2012年)を見れば、70-80年代のマトリズム社会が機能していないことになり、別の社会モデルが要求される。とりあえずいうと、1960年代までの「追いつき追い越せ」モデルは有効ではないし(でも60代向けのNHK朝の連続テレビ小説はずっとこのモデルを懐古しているのだよな)、保守主義者からパトリズム復権の要求もでているが国家イメージなしのパトリズムは危険だし。というわけで、どこに向かうのか、3.11以後の社会には少し注目。
(2012年に書いた記事なので、2015年の現状に合わないところがありますが、そのままにします。)