odd_hatchの読書ノート

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小田実「旅は道連れ、世は情け」(角川書店)

 1976から1978年にかけて「野生時代」に連載されたエッセイをまとめたもの。

 作者はひとところに落ち着くことができなくて、ちょっと家にいついたら旅に出たくてうずうすする。旅が大好き。旅といってもパック旅行やツアーではない。自分の場所を持ち歩いていて、「外国」の空気とか人とか雰囲気なんかを味わうことをしないから。自分であるくこと、自分の自由で意思決定をすること。これが旅。
 最初の数章こそインドあたりのことも書かれていたが、次第に自分史に変わっていく。それも主に父親に関することに。父はおそらく1900年前後の生まれ。若い時が大正教養主義の時代。徴用されなかったけれども、生活は苦しかったよう。作家の語り口を除いて、まとめると
・父は戦前の大阪市で交通局の課長をしていた。大きな公舎を借り、女中も雇っていた。母親は本屋の娘。子供には本を買わない(「実家にいって読め」だって)。
・市長が変わったとき、突然解雇。(戦前の日本だと、公職ではこんなことがあったのだ。アメリカでは現在でも当たり前。)
・近くの安い家を借りて弁護士を開業(戦前では法学部を卒業すると自動的に弁護士資格を得られたらしい)。もちろんなかなか客はつかない。しかし、大学教授よりも自営業がエライとみなる闊達な人物眼を持っていた。
・戦後も弁護士をやっていたらしい。1970年代初めに亡くなったとき、何一つ残さなかった(資産という意味。貸家で、借金も無ければ貯金もない。徹底していたのは手紙、文書、写真の類まで残さなかったこと。作者が父の机を開いたとき、なかはがらんどうだった。ここは最も感動したところ。なんでもない人である覚悟をすると、ここまで融通無碍の行動を起こすことができるのだね。)
 それにあわせて、作者の自分史も語られる。
・市役所課長の息子であることで「ええしのボン」とみなし、みなされてきた。それが一夜で失われた(大阪空襲のため)。
・始めて「外国」を意識したのは、近くの朝鮮人集落。
・太平洋戦争が始まり、召集が始まると、だんだん軍がみすぼらしくなっていくのをみていく。それと進駐軍の華やかさの対比。
・1945年8月15日のとき、中学一年。戦前や戦中にあって人々の格差があったが、戦争による被災、生産財の消失、会社や公官庁の組織の瓦解などによって、等しくみんな貧しい方向で格差がなくなった。たぶんそのような方向の格差のない社会の成立は珍しいものではない。むしろ戦後数十年で格差が固定し、世代に引き継がれていくという状況のほうが珍しい。
・最初の普通選挙は面白かった。政党なるものはほとんどなくて、そこらのお嬢さん、おじさんが立候補し、街頭で演説していた。もちろん民主主義の理念などをしっかり把握している人はまずいなかっただろうが、その理解をするまえに行動に移すことが自然と行われ、誰も不思議と思わなかった。
林達夫だと、そのことも含めて短期的な熱狂、ナイーブな思い込みに対して距離を置き、批判的になるのだろうが)