odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロス・マクドナルド「象牙色の嘲笑」(ハヤカワ文庫)

 高校生の時に読んで、なんだかよくわからず、もう一度読みなおそうと思っていた。難しいと感じたのは、プロットが複雑だったからだった(ルーシーの殺人は資産家の息子の失踪に関係していて、その息子が付き合っていた女はギャングの愛人で、愛人は二股かけていて、ギャングの組織はガタガタになっていて、それにつけこんだ私立探偵がゆすりをもくろんでいて、ルーシーは私立探偵に脅されていて・・・)。通常のミステリやハードボイルドだと、一人の「真犯人」が事件を起こし、隠蔽するものだけど、今回は複数の人物の思惑がそれぞれの意思に無関係に重なって、わけのわからない状態になってしまった、ということになる。こういう人間関係を理解するには、高校生は幼すぎたということか。

 「私立探偵リュー・アーチャーはユーナ・ラーキンと称する女に1日50ドルで雇われて、行方をくらました黒人女中ルーシーを捜した。ルーシーはなんなく発見できて、アーチャーの仕事は片付いたのだが、何故か彼はルーシーをそのまま抛っておく気になれなかった。黒人の女にしては稀な美貌や、毅然たる態度が、何かを底に秘めているように思われてならなかった。果然事件はおきた。彼女はホテルの一室でナイフで刺されて死んだのだ!文学作品としてのハードボイルド探偵小説と諸家激賞の名編。(同書・裏表紙より)」

 この小説の特徴は、社会に対する目の広さ、ということかな。チャンドラーだと点描的にしか書かれない社会の格差や差別の問題がもっとストレートに描かれている。黒人女中のルーシーと彼女にあこがれる少年アレックスの関係は、黒人問題そのものであるし(キング牧師による解放運動が始まるのはこの数年後)、ハンガリー移民の子でサディスティックな家族によって人生をめちゃくちゃにされた医師の妻は社会の格差の問題の現れだし、医師やギャングのボス(脳梅毒で廃人に)などもそう。こういう「アメリカ」を描いたのが、マクドナルドの新しさなのだろう。(ついでにいうと、リュー・アーチャーが無個性で、視線を提供することだけに徹底しているので、こういう状況が透けて見えてくる。さらにアーチャーをそういう視線機械に徹底することによって、責任を持たないことを容認することができる。すなわちアーチャーは犯人を摘発することや場合によっては射殺することに悩まない。彼にとって正義は内面の問題ではなくて、法の順守にあるのだろうな。)
 「ギャルトン事件」には当時あらわれたばかりにヒッピー芸術家が描写されていた。この小説では途中に画家が出てくる。社会の生活を対象化するのに、こういう芸術家を登場させているのかな。それにしてはシニカルな描き方だったが。