odd_hatchの読書ノート

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吉田秀和「モーツァルト」(講談社学術文庫)

 モーツァルト没後200年を控えた1970年にそれまで著者が書いてきたモーツァルト関連の文章をまとめたもの。

 2章と3章に集められた文章はほかの本に収録されたことがある。気づいたものは書いておいた。ピアノソナタに関するものは「世界のピアニスト」に入っているのではないかしら。そこでは、大家の演奏を聴きながら物足りないところを見出し、新しさが現役の演奏者に見いだせないかという構成になっている。たとえば、ピアノソナタではギーゼキングリリー・クラウスを遡上にあげて、細やかで正確だけどこじんまりとしていて、では新しい人ではどうかというのでグルダとグールドを持ち出すという具合。ディヴェルティメントだと、イ・ムジチを聞いてカラヤンに思いをはせるというような。とかく批評家にありがちなランキングをつけておしまいとするのではなく、だれの演奏も発見があるよと教えてくれるのがとてもありがたい。そうすると、いくつものレコードを買うはめになるわけで、なかなか懐には厳しいのではあったのだが。(まあそれから50年もたつと、ギーゼキングやクラウス、グールドの一部はパブリックドメインで安価に入手できるようになった)。


1・モーツァルト――その生涯、その音楽―― 1956.02
2・古典の複雑と精妙について――変ホ長調交響曲―― 1953.11 ・・・ 「主題と変奏」所収
・音階の音楽家 1953.11 ・・・ 「主題と変奏」所収
3・ピエール・モントゥー指揮のモーツァルト 1967.02 ・・・ 「レコードのモーツァルト」所収
・ヴァイオリン協奏曲第六番ニ長調 1967.05
・ディヴェルティメント3曲 1969.05
・ピアノ・ソナタ 第一〜五番 1969.05
・ピアノ・ソナタ 第十六番 1967.01
・ピアノ・ソナタ 第十番 第十二番 1969.10
4・手紙を通じてみるモーツァルト 1968.02
5・モーツァルト――出現・成就・創造―― 1947.04-05


 そこで、読みごたえのあるのは、1と5。この国のモーツァルト紹介の文章としては極めて初期。それこそ小林秀雄「モオツアルト」河上徹太郎「ドン・ジョバンニ」と、この著者のものくらいだったのではないかしら。気が付くのは、著者のものは音楽の専門家がある程度の素養のある人に向けて書いたもので、楽譜の引用があるし、和声分析も遠慮会釈なく行う。そこは読者に努力を要求するところ。一方で、聴取体験が小林や河上たちよりもずっと多いので(そういう目的で洋行してきたのだし)、作品紹介がずっと具体的。レコードからはなかなか発見できない細部や演奏者の解釈をわかりやすく述べている。
 さて、そのような仕方で書かれたモーツァルトはどういう人物であったかというと、楽想が自然と生まれ出てくる天才、他の作曲家の様式をすぐさま吸収し自分の個性に変えてしまう天才、教会や宮廷の要請に縛られることを嫌い独立することを願う自由人、音楽界の権威と闘争する新しい音楽の旗手、音楽のミューズに愛される天衣無縫な人物、デーモンに魅入られ短い人生で芸術を燃焼した不運な人物、生活の細部に細やかな配慮のできる暖かい人、しかし恋愛においてはあまり成功せずに苦労をしょい込むことになった不運な人、このあたりかしら。書かれた時代が解放、闘争、自己実現などに価値を置いていたことを考えると、このような自由と闘争の人というのはその時代の要請したものと一致していたのかな。そのような人物を作品解釈と先行する研究者の文献を引用して説得的に描き出す。
 漏れているのは、下ネタ大好き、女と酒と遊び大好き、生活の不安よりも今宵の楽しみを優先する趣味人というようなもの。これを発見するには、1950-60年代のこの国にはまだ余裕がなかったのかしら。「コジ・ファン・トゥッテ」を紹介するにも、遊戯性とか軽味をあげるのではなく、「人間の真実」からアプローチしているのだし。この本の少し後に、山口昌男が「モーツァルト好きを怒らせよう」という挑発的な文章を発表したけど(「本の神話学」「道化の宇宙」)、この本は怒らせたいモーツァルトの見方の標的になるのだろうなあ。
 もどると、1950-60年代のモーツァルト論で有名なのは小林のものだけど、それだけでは不十分。著者のものも考慮に入れたほうがよい。とはいえ、モーツァルトの多面性、多義性を浮かび上がらせるものではないので、好事家だけが手に取るのでよいなあ。演奏紹介も今となっては、古めのものばかりなのもきつい。