odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

横溝正史「ペルシャ猫を抱く女」(角川文庫)

 「刺青された男」に続く昭和21−24年の短編集。「本陣殺人事件」「蝶々殺人事件」の2長編を同時に連載し、これだけの短編を量産していたのだから、著者40-50代はいかに充実した時期であったことか。

ペルシャ猫を抱く女」(1946.12) ・・・ 田舎の名家の美女に、結婚を迫る生臭坊主がいた。戦争前にいいなずけになった男は悔しくてならない。ある夜、寺の坊さんと碁を打っているときに、生臭坊主が明治19年の「ペルシャ猫を抱く女」という絵で美女を脅していることを知った。その絵のモデルは有名な毒殺魔だったのである。絵の顔は美女にそっくりだった。さて、何が起きたのでしょうか。のちに「支那扇の女」のタイトルで短編・長編の2回にわたって改作した快心の一編。この第1作ではまだ練りがたりないけど。

「消すな蝋燭」(1947.02) ・・・ 金貸しをしている尼僧が庵で首を絞められていた。容疑者は京吉という薄幸の青年。いいなずけの雪江は旅の高僧・法然にすがりつく。凶器は手拭いで、天秤のような危うい均衡を保つ板のさきに蝋燭が火をともしていた。ここから法然の推理がさえる。坊さんを探偵にした作品としては最初期のものかなあ?

詰将棋」(1946.11) ・・・ 戦中の疎開地に大学教授と弟子が住んでいた。教授が詰将棋の題を出し、弟子はそれを説くのが趣味。あるとき、難しい題を出して5日も弟子が唸っていたら、翌日渓流で弟子の絞殺死体がみつかった。ケメルマン「エンド・プレイ」に似たゲームをめぐる確執と○○トリックが登場する。もちろん偶然の一致。

「双生児は踊る」(1947.03-06) ・・・ 銀行強盗が70万円という大金(現在価値だと3億円くらいかな)を奪って、建築中のキャバレーに逃げ込んだ。犯人は捕まえたものの記憶喪失で金の隠し場所がわからない。今日も犯人をキャバレーに連れてくると、一瞬の暗闇。そこで射殺された。どうやって? 舞台は戦後のグランドキャバレー。黒澤明「野良犬」「酔いどれ天使」「生きる」などにでてくるやつだ。なんとも探偵小説的な場所。とても魅力的。角田喜久雄「奇蹟のボレロ」(春陽文庫)もストーリーはともかく、キャバレーという舞台は魅力的だった。あと探偵役は双子のタップダンサー。口が軽いが人懐こいというのはのちの金田一耕助を思い出させるが、場所が場所だけに岡本喜八の暗黒街シリーズにでてくるミッキー・カーチスに似ていると思う。なお、昭和31年に「暗闇の中にひそむ猫」に改作されたとのこと。

「薔薇より薊へ」(1947.01) ・・・ 今度は映画会社の話。女優を食いまくる監督がダンスガールと結婚する。昔のラブレターを発見して疑惑を抱き、書類にしたためたのち、彼女は転落死した。

「百面相芸人」(1947.02) ・・・ 顔面模写の芸人のところに、奇妙な依頼人がくる。指定した夜、自分の顔になってアリバイを作ってくれ。その通りにすると、女がよってきた。だますつもりがだまされて、だましが変転する心地よさ。

「泣虫小僧」(1947.10) ・・・ 戦災孤児の泣き虫小僧の大冒険。いや小僧の目撃した年増情婦の死体を発見した女学生の大冒険かな。戦後の焼け跡を勝手に復興している人々の活気や熱気が伝わる一編。

「建築家の死」(1947.04) ・・・ 奇妙な建物を設計し、中で死んだ男。死体を発見するのに62日もかかった。奇妙な味のショートショート

「生ける人形」(1949.08) ・・・ 映画女優がレストランで初対面の一寸法師を殺し、自殺した。映画にまつわる怪奇譚(ショートショート)。最後の10行はなくてもよかったなあ。


 以上のサマリには書かなかったけど、多くの短編は作家である「私」に誰かが自分の秘密や関係した事件を告白する形式をとっている。まあ、枠物語にしているわけだ。そうすると、なぜ作者がその事件を知っていたのかの説明がいらないし、多種多様な事件を取り上げることができる。しかし、今(2012年)読むとなるとわずらわしい。この書き方は古臭いのだ。冒頭からいきなり事件の始まるスピードがほしくなる。そこらへんを克服する書き方をこの国の作家が見つけるのに、以上の作品発表からさらに10年を必要としたのかもしれない。いやこの「10年」というのもいい加減な数字なんだが。
 あと注目は、ここでは主に都会を扱っていること。それは戦前の賑やかな都会を彷彿をさせる。現実の都会が焼け跡で、再建途中であることを思うと、幾分かの懐古の気分をもっているようだ。なるほど作者の好きな都会は戦争で破壊されてもはや戻れない場所であるのだろう(かな)。
 良い作品は、「泣虫小僧」かな。「ペルシャ猫を抱く女」と「双生児は踊る」は、趣向を万全に展開するには枚数が足りず、いずれものちに長編化した。そちらのほうが面白いかもしれない。