1960年代のバラードでは、世界の終末は人やその集団の外からやってくるものだった。その暴力的なふるまい、物理学的ないかんともしがたさを前に、人やその集団は降参して、事態が推移するのを緩慢に、無気力に眺めるものだった。そして世界が熱的死で凍りつくまで、人はたたずむ。
さて、1970年代になってバラードは人やその集団の暴力性を暴こうとする。皮肉なことに暴力性を持つのは、高度に発達した消費文明であり、スピードを持った科学技術製品なのである。これらを活用すると、人とその集団は幸福に、というより不満なく(一方でとても退屈な)、そう簡単には死ぬことのできないユートピアもどきを生きるはずであった。しかし、それらが人とその集団に与えられたときに、暴力が発生する。かわりに世界とか状況は、静謐で、人々に無関心で、なんらの影響も及ぼさない。
この1975年発表の小説では、40階の高層高級住宅が舞台。機能的で合理的な設計がなされ、周囲の貧困層とは隔絶され、高給取りとその家族しか入居できないコンドミニアム。同じフロアの住人は、さっそくパーティを交互に開催し、優雅な交際を始める。しかし、ある日の停電とその後の混乱が事態を一変させる。まあ、停電はさほど珍しいものではない(21世紀の先進国では大規模な災害や事故でもない限り停電することはないが、1970年代までときどきあった)が、プールにペットの犬の死骸が浮かんでいるのを発見したとき、彼ら住民のタガが外れる。このコンドミニアムは上層の階ほど値段が高く、一方下層の階は安い。価格差は購入した人々の格差となって表れ、陰湿な不満と差別をはぐくんでいた。その憎悪が同じ階の住民を結集し、上下の階の集団に敵対心をぶつける。その結果、最初はいじわるであったのが(ダストシュートにカーテンを投げ込んで使えなくするとか、エレベーターを独占してほかの階に使わせないとか、ゴミを庭に投げ捨てて自動車を破壊するとか、パーティで轟音を発し周囲を眠らせないとか、……)、上の集団への暴行や襲撃になり、バリケードをつくる防衛になる。その抗争はコンドミニアムの外には伝えられず、住民は一切外に出ることがなくなり、国家や警察の介入を受けることなく、延々と続く。
このようなありさまを3人の視点で描く。最上階にすむアンソニー・ロイヤル。コンドミニアムの設計者で持ち主、交通事故のために車椅子生活で、不能。中階にすむ医師ドクター・ラング。1階に住むリチャード・ワイルダー、TVプロデューサーでこの事態をドキュメンタリーにしようとする。そのうちに情熱はコンドミニアムの最上階に「登頂(ハイ・ライズ)」することに向かう。書きながら、名前がそのまま彼らの階級を表していることに気づく。ロイヤルでアッパークラスの最上級、ラングは肺で身体の真ん中あたり。ワイルダーは野性の意味を隠している、という具合。彼らは事態の前は顔見知りで、パーティ会場であいさつするくらいでありながら、事態の後はそれぞれの階級を代表するような行動をとる。ワイルダーの上昇、ロイヤルの孤高の王、ラングの日和見と自活。
ここでは消費文明とか科学技術の発展による退廃あたりを風刺、皮肉っていると、まあ読みたいところ。ところが、作者はそんなところで満足しない。筒井康隆「三丁目が戦争です」はアパート住まいと一軒家持ちが町内で戦争状態になる話だが、書いたのは戦争勃発まで。ここでは、「戦闘」の勃発はプロローグ。事態は深刻なほどの人間の退化だ。当初は、3つのグループに分かれていわば「階級闘争」であったのだが、負傷者がでたり、物資が枯渇したり、電気などインフラが破壊されると、階級は解体し、少数のグループに分解する。そうなると、自分のグループ以外は敵ないし食料なのであって、互いにトラップをかまして捕らえようとする。衣服は失われ、家族は解体し、それぞれが自分の居場所に引きこもり、コミュニケーションを失う。およそ人類の進歩と調和はここにはない。なんとも憂鬱で、陰惨なことになる。不能の王ロイヤルが射殺されたが、それをもってしても共同体は復活しない。神話的呪術的な解決は、科学技術と近代文明には通用しないのだ。
冒頭からしばらくの破壊されたコンドミニアムの様子で、バージェス/キューブリックの「時計じかけのオレンジ」を思い出した。なるほど当時のイギリスは経済不況で失業率の上昇と、社会の生産性の低下で未来を夢見ることが難しかった。それが反映されているかと思っていたら、次第に人間の暴力性と退化が描かれる。ウェルズ「タイムマシン」の再話というわけか。ほかにゴールディング「蠅の王」も思い出し、これは孤島に漂着した少年たちがヴェルヌ「十五少年漂流記」の民主主義になるはずところが、暴力と野蛮に逆行するという物語。イギリス人が悲観的になると、とことんまでいくのだね。なんともキツい小説でした。
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