odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 下」(草思社文庫)-2

2016/03/17 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)
2016/03/18 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)-2
2016/03/21 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 上」(草思社文庫)-3
2016/03/22 ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃 下」(草思社文庫)-1 の続き。


 第4部は応用編。集団と集団の出会いと変化をさまざまな地域でみる。取り上げられるのは
・オーストラリアとニューギニア
・太平洋に広がっていった人々
アメリカ先住民
・アフリカ
 すでに前の章で確立した理論が以上の地域でも成り立つことを確認する。下記の図で、この13000年間のヒトの集団に起きたことが説明できる。
 集団と集団の出会いや移動によって起きるのは、絶滅、昔の暮らしに戻る、適応して複雑な社会をつくる、征服する、に分けることができる。集団の保守性などで説明するよりも、環境の違いや出会う相手の集団のサイズやシステムなど、その集団ではいかんともしがたいより大きな要因で説明したほうがよい。
 自分が注目したのは、いったん確立した国家や文明も内部分裂したり滅亡したりすることがある。それもまた集団の出会いと変化で説明が可能であろうが、もうひとつ、国家や文明のある地域の環境回復性も重要。すなわち、肥沃三日月地帯やエジプトは8000〜3000年前に飛躍的な発達と巨大な帝国を作ったが、いまは生産性の低い土地になっている。かつてこれらの土地は食糧生産や大型動物の家畜化に適した土地であったが、森林を切り開いた後に環境が復元する力が乏しかった(特に降雨量が少ないのが決定的)。そのために数千年の肥沃な土地は砂漠や荒れ地になり、現在では回復する兆しすらない。そこでヒトは土地を放棄し、移住していった。このような巨大な地域のみならず、ヒトが移住し開墾して複雑な社会を作ったのちに荒れて放棄された土地はたくさんある。現在、複雑な社会を作り巨大な人口を抱えているヨーロッパや北アメリカ、インド、東アジアは環境の回復力がある場所であり、それはたまたまに過ぎない。
 もうひとつは、かつて反映した巨大帝国をもちながら、そのあと停滞した地域について。アラビアと中国。16世紀まではヨーロッパよりも広大な地域をもち、巨大な人口を抱え、技術開発が活発に行われ、政治システムも複雑であった。それがヨーロッパの勃興と時を同じくして停滞にはいる。中国に関しては、平坦で広大な土地を持ち、単調な海岸線を持っていたので、小集団の違いはそれほどなかった。なので、歴史の初期からこの地域は中央集権化が進み、巨大な国家を作り、少数の集団は大きな国家に飲み込まれる(言語や文字を同じにして、大集団の政治システムに所属するという同化が積極的に行われた)。これは国家を強大にする一方、少数の為政者の決断で集団の行く末が決められるという危うさを持つ。すなわち中国では15世紀に二度にわたって海外渡航の禁止令がでて鎖国状態になった。そのためにすでにもっている技術やシステムが廃棄され(とくに外洋航海の船と人員と技術を失う)、近隣やヨーロッパの技術やシステムの導入が停止される。それが数百年続いて、19世紀初頭の侵略を受けることになった。アラビアも同様。日本も同様。鎖国や保護政策、排外主義・同化主義は経済学でも経済を停滞させるのが明らかになっているが、もっと長い人類史でもそうなのだね。
 
 さて、この本を読んで、自分のなかで人類史の見通しがとてもよくなったなあ、とおもう。とりわけ国家の成立と滅亡に関するところ。かつては国家の成立は先史時代にしか起きていなくて、文献で確認したり、まして観察することはできないと思っていた。そのような自分の見方が偏見にみちたもので、なるほど現在でも国家が成立したり、併合されたりする事例はたくさんある。その過程は過去の大帝国や西洋の国家成立や併合と等値である。この本では触れられていない貨幣の成立、資本主義の成立も同じであるだろう。
 食糧生産の開始、社会システムの変遷、国家の成立などは以前から研究テーマになっていて、たくさんの本が書かれている。ほとんど読んでいないが。この本が現在読みでがあるのは、この数十年間の科学研究に基づき、個々のテーマごとの知見を総合したところ。最初のエントリーにあるようにイネの祖先種を見出すとか、アメリカ大陸へのヒト集団の移動の時期を特定するとかの個別研究はあったが、それを世界的規模で集めている。そうすると、ヒト、栽培種、家畜、病原菌の移動の経路と時期がわかる。そこに考古学の発見と知見をかぶせて、当時のヒト集団の生活を描く。そのために議論の説得力が増している。
 かつて地域や集団の違いを明らかにしようとする本がその当時の科学知見に基づいて書かれてきた。和辻哲郎「風土」(岩波書店)や梅棹忠夫「文明の生態史観」(中央公論社)あたりで、内容の貧しさにへきえきして、その種の本は読んでこなかった。古典になっているルソー「人間不平等起源論」、エンゲルス「家族・私有財産・国家の起源」、トインビー「試練に立つ文明」あたりは、もう脇に置いてよいだろう。まあ、次の百年がたつころには、さらに科学的な知見を加えてアップトゥーデートされた本が出るだろう。そのときでも、たぶんこの本は大幅な書き換えにはならないだろうから、しばらくは古典として読まれるだろう。
 二つ問題があって、著者は非常にタフな書き手で懇切丁寧に説明する。そのために同じことが繰り返し書かれる。それはときに冗長であるので、できれば800ページを600ページに圧縮してほしいところ。ときに日本のことが書かれるが、ネイティブな読み手からすると情報が古かったり、評価が甘いと思われるところがある。