odd_hatchの読書ノート

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鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-4 宗教的熱情の果てに起きた数次の十字軍。内部に向けられた異端排斥(魔女狩り、異端審問を含む)と外国人排外(反ユダヤ主義)

2016/03/29 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-1
2016/03/30 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-2
2016/03/31 鯖田豊之「世界の歴史09 ヨーロッパ中世」(河出文庫)-3 の続き。

 キリスト教は3世紀ごろにローマ帝国の正教になったのだが、それはヨーロッパ全域にいきわたったことを意味しない。ヨーロッパの広大な森と少ない人口はキリスト教の伝播を遅らせた。司祭が布教にでかけたり修道院ができて農民を組織化したのだが、頑強な抵抗にあう。そこで、土俗的な宗教の中から取り込めるものを使い、そうでないものを排除していく。聖者や聖遺物の信仰が取り入れられた例。墓に食べ物を供えるのはだめだったが、弔いの儀式はできるようにした、なども。こうして農民を教会に組織化して、生まれたときから亡くなるまで、起きてから寝るまでを宗教が世話をすることになる(ヘルムート・プレスナー「ドイツロマン主義とナチズム」講談社学術文庫がドイツでの宗教の生活化を描いているが、その起源はここにあるだろう)。そのうえ、最初のミレミアム(千年紀)が到来するので、「黙示録」が読まれ、「末法思想(日本のそれとは違うのでかっこをつけた)」が広まる。喫緊の救済が必要になり、巡礼が盛んに行われ(巡礼先はサンティアゴ・デ・コンポステーラとローマが有名で、エピソードがたくさんあるが割愛)、巨大な教会が建築される(ロマネスクとゴシックの建設の違いも興味深いが割愛)。
 宗教的熱情の果てにあるのが、数次にわたる十字軍(1095〜1270)。きっかけのひとつが聖遺物を獲得したいという情熱にあった。ここでヨーロッパとキリスト教のまずさが現れる。数百年にわたる周辺地域からの断絶による海外事情の無知と、宗教的情熱が、ビザンツイスラムの他文化と出会ったときに不寛容を起こした。そのうえ、ロジスティックの軽視のために、半死半生で到着したために、略奪と虐殺が横行した。聖地奪還という目的に合わない十字軍遠征もあり、そこでも略奪と虐殺を起こした。「聖戦」の思想が外部への優越感と劣等化をもたらし、「ヨーロッパ」が膨張するきっかけになる。
 これがヨーロッパ内部に向けられると、異端排斥(魔女狩り、異端審問を含む)と外国人排外(ユダヤ人差別)に働く。異端排斥の大規模なものではワルド派とカタリ派(アルビジョア派)の虐殺となって現れる。魔女狩りは数百年も継続していたし、ペスト流行のおりにはユダヤ人虐殺も起きた。なんとも血なまぐさく、凄惨で、いたましく、現在に至るも克服できない禍根を残した。
 あと12世紀ごろから教会が豪奢な装飾を施すようになり(富の蓄積は神の意思の啓示であるので、装飾は当然という考え)、それに合わせて聖職者の腐敗が始まる(聖職資格の売買とか妻帯とか)。上記の異端のなかには、教会や法王の堕落を批判する宗教改革運動として始まったものがある。フランチェスコ会やドミニク会などのローマ教会の外で放浪しながら説教する司祭や修道士の集まりがそれ。
(以上の記述はエーコ薔薇の名前」を読む際の背景にあたるので、理解しておくとよい。)


 ヨーロッパはケルト・ゲルマンの伝統と、ローマ帝国の遺産と、キリスト教の知恵が融合しているということと、統合と分裂を繰り返していることと、その範囲は次第に拡大していることが重要なところ。われわれの生活や日常の「近代」はヨーロッパに由来するのだが、どうしてもフランス革命以降に注目しがちなので、中世・ルネサンスの「遅れた」時代を死って老いたほうがよい。そこにはこの国やアジアとの違いと共通点を見出しやすいから。ヨーロッパは歴史の厚みがあるので、おおまかな歴史を把握したほうが理解につながるから。
 河出書房の世界の歴史シリーズの中でも異色の出来栄え。これは名著だ。再読しないといけないな。

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