odd_hatchの読書ノート

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ダシール・ハメット「血の収穫」(創元推理文庫)

 鉱山町パーソンヴィルは別名ポイズンヴィル(毒村)。エリヒュー・ウィルソンが開祖で、市のすべてを牛耳っていた。1921年の不況の年、労働争議が盛んになったので、暴力団を雇って鎮圧したのだが、根を張った暴力団は市を好き放題にしている。エリヒューも高齢で統制がとれない。そこで息子のドナルドが持つ新聞社を使って反暴力団キャンペーンを始めたが、そのドナルドが射殺されてしまった。エリヒューはコンティネンタル探偵社に連絡し、依頼を受けて「おれ」(名無しのオプ)がパーソンヴィルに赴く。そこから始まる酒と賭博と情婦と銃弾の物語。

 新たに市を牛耳っているのは、「フィンランドのピート(闇酒屋)」、ルウ・ヤード(質屋)、マックス・ターラー(賭博場経営)、ジョン・ヌーナン(警察署長)の4人。オプの考えたのは、ヌーナンとマックスを仲たがいにし、その抗争にピートとルウを巻き込んで、自滅させようとすることだった。そのためにまずドナルド殺人事件を解かなければならない。すると事件の夜、妻がマックスと会いに行き、事件の現場に遭遇した。ドナルドはマックスの情婦ダイナ・ブロンドに小切手を渡している。酒場でオプとダイナは意気投合。ホテルで語り合ううち、ダイナは市を牛耳る暴力団連中の弱みを握っているという。そして市を掃除するなら手伝うとオプに言い出しさえする。紆余曲折のすえ、事件は解決。それはヌーナンとマックスを角突き合わせることにもなる。
 つづいて、2年前(1年半前?)に「自殺」したヌーナンの弟ティムの事件が蒸し返される。新たな証言がでたうえに、犯人の一味が隠れていたアジトを警察が急襲。しかしそれは誤認。その間にエリヒューの経営する銀行をマックス一味が襲撃。警察のアジトはピートの闇醸造所。資産を破壊されたピートも報復を開始。マックスの矛先はルウに及び、ルウの片腕レノもこのチャンスをものにしようとする。したがって、パーソンヴィルの町中は銃撃戦になり、それまでに17人だか18人だかの死者をだしているのに、さらに死人を増やそうとしている。オプは探偵の肩書をもって暴力団の連中の間を行き来し、情報を獲得し、ニセ情報を流しているだけ。それに踊らされる警察と暴力団の連中のあわれなこと。
 印象的なのはダイナ・ブロンドという年増(25歳だけど、当時の感覚では日米ともに年増)。年齢を増やすにつれて容姿は衰え、情婦として未来が見えない。使えるものは情報のみ。今はマックスとつるんでいるが、かつてはいずれのボスとも付き合いがあった。という具合に、ダイナは町のさまざまな感情を一身に集める女神なのであった。それは爆発寸前まで煮詰まっている。オプという異邦人が来て、この二人の出会うことが発火になったわけ。ダイナは無償でオプに協力し、事態に深入りしていくのだが、そのわけはたぶん本人にもわからないだろうなあ(読者である俺にもわからない)。この銃弾が飛び交う蜂起の瞬間に生が最も輝かしくなったのか。そういう光と炎をもつ運命の女。
 通常はハードボイルド小説の出発点であるというところで読まれる。自分が気になったのは、冒頭にある事件の背景。大戦後の好況と不況、それによる労働争議。暴力を使って解決を図る総資本。そのような「暗黒」のアメリカと民主主義へのまなざし。事件に飛び込んだオプがみるのは、資本や暴力団などの金持や資産家ではなくて、労働者や貧困者、病人など。ここでのオプは彼らに寄り添うような行為をするわけではないが(それがみられるのは「デイン家の呪い」「ガラスの鍵」)。重要なのは、黄金期の探偵小説やメインストリームのシリアスな小説の書き手が見なかったそれらの弱い人々、しいたげられた人々への視線をもっていること。この視点をチャンドラーやロス・マクドナルドは継承していないと思う。引き継いだのは、ウィリアム・マッギヴァーン。彼の悪徳警官ものは「血の収穫」の直系。
 面白いと思ったのは、オプは事件が解決に至りそうなとき、夢をみる。ここでもジンに酔いつぶれダイナの部屋で寝ているときに夢を見る(21章)。ここでは象徴的な意味はない。このリアリストの見る夢はやはりリアリスティックで、自己破壊や恐怖のイメージがあるなあ。のちの「ガラスの鍵」では主題につながる夢を見る。

  

 「ジンを睡眠の代用品にしてやってゆけるだけの体力がおれにはある(P135)」という文章を発見。パタリロの「カレードスコープ」エピソード(文庫15巻199ページ)に似たセリフがあって印象的だったが、なるほど元ネタはここでしたか。勉強しているなあ、と脱帽。