odd_hatchの読書ノート

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ダシール・ハメット「フェアウェルの殺人」(創元推理文庫)

 ダシール・ハメットは1894年生まれ。従軍と探偵社勤務の経験があり、結婚生活が破たんしてから、広告の仕事をしながら、短編を書きだした。発表誌は当時読まれたパルプ雑誌。そのころの初期短編を集めたもの。
 コンチネンタル探偵社サンフランシスコ支局に勤める「私」の探偵冒険譚。まえがきのクイーンによると、探偵の名前が「ダシール・ハメット」であることを示す初期短編があるそうな。

フェアウェルの殺人 1930.02 ・・・ 田舎に隠遁しているカヴァロフという老人の娘から探偵の依頼があった。1917年の前の戦争で不正を働いたシェリー大尉がカヴァロフを殺しに来たというのだ。実際、館にくるまえに黒人が殺されるのを見たし、犬が惨殺されていた。同じ町にいたシェリーは「カヴァロフがのどを切られるのを見た」と言って姿を消す。フェアウェルの町から9時間も離れたところにシェリーがいるころ、のどをかき切られたカヴァロフの死体が見つかった。「わたし」は警察と一緒にシェリーを追う。不起訴で釈放された後に、事件は動き出した。事件は田舎の小金持ちで、関係者に黒人、小間使い、奉公人がいる。これらの人にも目を向けたのが新しいところ。トリックは陳腐なのだが、ストーリーが探偵小説の常道を外れる。当時はそれがあたらしい。

黒ずくめの女 1923.10 ・・・ 田舎の実業家のゲイトウッドの娘が誘拐された。犯人から、5万ドル(現在価値だと1000倍くらい?)をもって夜の街に出ろ、ハンカチが合図だという。その通りにすると黒ずくめの女が現れた。急いで後を追うと、行き止まりの路地に女はいない。そのうえ娘は帰ってこない。アメリカの好況時、成金がたくさん生まれたころのお話。

うろつくシャム人 1926.03 ・・・ 探偵社に大男が入ってくるなり、倒れた。死んだその男はハインズという名であることしかわからない。事件が新聞に載った夜、映画館の経営者がシャム人に襲われたと届け出た。その夫婦のいうにはシャム人4人が、ハインズの預けた何かを探しに来たそうだ。もっと手短にしたほうがよいと思うが、まあいいでしょう。褐色人種・マレー人などへの嫌悪と偏見をベースにしているのが、ちょいと気に入らないが、発表年代からすればしかたない。ただ、悲しいというか残念というか。

新任保安官 1925.09 ・・・ メキシコ国境に近いコークスクリューという町に新任保安官補(実はコンチネンタル探偵社サンフランシスコ支局に勤める「私」)がやってくる。その町は密入国を手引きするグループがいるらしい。そのうえ、バーデル百貨店の一派とHAR牧場の一派が角突き合わせている。まあ、都会の愚連隊と田舎のならず者が争っているわけだ。犯罪に手を染めているのが町の大半。すべてをしょっ引くには手が足りないし、警察権力は介入しないので、「私」は計略を使うことにする。たちまち死体の山ができ、保安官補は馬にのって移動するし、一匹狼の若いのが彼の片腕になって、肺を病んだ娼婦が酒場でホームシックにかかっていて、飯屋の爺さんが荒くれ口をたたき…。現代なのだが、人物の行動や会話は西部劇の世界。のちに「血の収穫」に改作されるが、黒澤明などに影響を与えたこのストーリーも西部劇では陳腐なものだったのかなあ。

放火罪および…… 1923.10 ・・・ 最近町に越してきた偏屈で人嫌いの事象発明家の家が火事になった。住み込みで手伝いをしている夫婦が気付いたときにはすでに手遅れ。炎の中で主人は死んだ。地下のガレージにガソリンが巻かれた跡がある、ということで「私」が保険会社の調査員と捜査に乗り出す。仕掛けは古い探偵小説のもので19世紀半ばからあるものだが、書き方が新しい(当時としては、の保留つきで)。

夜の銃声 1924.02 ・・・ 肺炎で重病の老人に発砲される事件が起きた。調査に行った「私」は老人がだれからもリスペクトされていず、息子は看護婦といちゃつき、妻との関係が最悪なのを知る。その夜、再び老人は発砲され、看護婦が重傷を負った。仕掛けは古い探偵小説のもので19世紀半ばからあるものだが、書き方が新しい(当時としては、の保留つきで)。

王様稼業 1928.01 ・・・ パリ留学中の坊やからモラヴィア共和国の口座あてに300万ドル振り込めという連絡が来たので、「私」が実態を調査することになった。共和国になったばかりのその国では、お人よしの大統領(著名人であるということだけで祭り上げられた。ポーランドパデレフスキーみたいなもんか) の秘書と軍隊担当大臣が確執中。坊やは秘書の甘言にのって国王になりたいという。「私」の到着直後から軍事大臣の暗殺未遂、カウンターアクションのクーデターが起こる。「私」は政府とクーデター集団を相手に、コンゲームを仕掛けることになった。探偵小説というより「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」みたいなもんか。アメリカ人はどうしてもグリーン「おとなしいアメリカ人」みたいに「正義」を貫こうとするのだよなあ。


 大半がパルプ雑誌「ブラック・マスク」に掲載されたもの。この安雑誌は、大衆向けだったので平易な言葉と短い文章をを使い、詳しい描写よりもテンポのよい会話が求められた。登場人物や舞台も大衆の生活からそれほど離れたところにあるわけではない。そうでないと読者が離れるからね。ハメットの文体もそういう雑誌の要望に応える中で生まれたものなのだろう。この大量に書かれた初期短編だと、ストーリーは練れてなくて、「私」が何もしないのに情報が集まるページがあったりする。洗練されるのは長編になってからだろう。
 さて、探偵社の名無し探偵の冒険譚。仕掛けの大半は、古い探偵小説から借りてきたもの。それは同時期の江戸川乱歩もそう。この短編に似た設定、トリックの短編が乱歩にもある。二人に違いがあるとすると、乱歩は当時のこの国に生まれつつあった高等遊民や学生、独身サラリーマン、学者などのインテリをターゲットにしていたが、ハメットは都市労働者や平公務員など。乱歩が論理や科学を用いて啓蒙するのにたいし、ハメットはアクションと暴力を使って社会悪の摘出に向かった。こんな対比を妄想してみた。状況が違えば、乱歩がハメットみたいになる可能性だってあったはず。