odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

片岡剛士「円のゆくえを問いなおす」(ちくま新書)

 1990年代初頭の「バブル経済」崩壊から20年(初出当時)。この国の経済は円高とリフレでにっちもさっちもいかない。どちらも経済に悪影響を及ぼし、産業の空洞化につながる。なんとかしなければ、ということで「円」を考える。

第1章 円の暴騰と日本経済 ・・・ 2008年のリーマンショックからの円高は史上最悪(76円/ドルになる)。円高は企業活動に悪影響を及ぼし、生産拠点の海外移転を促進する。為替介入ほかの対応があっても、効果がなかなか現れない。
第2章 円高の原因は何か ・・・ 為替レートは、長期的には自国と他国の物価上昇率、短期的には名目金利と予想物価上昇率で決まる。それに影響を及ぼすのが金融政策であるが、円が長期的に高くなる傾向があるのは、FRBやECBと比べて日本銀行がアグレッシブなバランスシートを拡大させる金融緩和策を取っていないため。物価上昇率が低く、かつデフレが進行していることが円高の原因。
第3章 為替と経済政策を問いなおす―金本位制から固定相場制へ ・・・ 経済政策には、景気や物価の安定化(財政と金融政策)、生産性の底上げを図る成長(規制緩和、競争政策)、社会の公平性を高める所得再配分(税制や社会保障)がある。このうち、国際金融では国際資本の自由化と独立した金融政策と為替レートの安定化の3つを両立できないトリレンマがある。その実際の現れを20世紀初頭の金本位制、戦後のブレトンウッズ体制でみて、その時代に起きた不況や恐慌がおもに財政政策の失敗でひどくなり、解決に時間がかかったのをみる。
第4章 為替と経済政策を問いなおす―変動相場制以降 ・・・ 変動相場制になった1970年以降の金融政策をみる。ここでは為替レート(とくに円ドル)は強制変数、目標値を決めてそれに従うような政策運営が行われた。その才に、アメリカの円高圧力の影響力が持続して、金融政策には「円高シンドローム」があった。その結果、輸出産業の収益性が悪化し、デフレが進行する過度な円高がなんども繰り返された。また21世紀最初のディケードに起きたユーロ危機(ギリシャアイスランド、スペイン、ポルトガルなど)の状況分析も行う。
第5章 デフレと円高を止めるために何をすべきか ・・・ デフレと円高は自然現象ではなく人災。とくにこの国においては日本銀行の金融政策に問題がある。そこでインフレターゲットを設定して、金融緩和し、そうすると・・・。ここ以下はいわゆるリフレ論。初出の2012年当時の民主党政権では金融引き締め政策だったので、リーマンショック(2008年)のあとの不況(および東日本大震災の被害)を克服する手段として、リフレ論は目新しかった。2014年に自民党政権ができて「アベノミクス」なる経済政策が行われた。そこで金融緩和にもとづくリフレ政策がとられた。2016年、「アベノミクス」は失敗したと評価されている。自分もそう思うし、リフレ論の提唱者のひとりであるクルーグマンもこの論から撤退した。現在、表立ってリフレ論を主張する人はみなくなった。経済政策提言の浮き沈みの激しいことよ。なので、第5章は読む必要なし。


 「金融緩和策の波及効果」という図が193ページにある。金融緩和をすると、ドミノ倒しのように物事が動いて、円高とデフレが起きる(だろうという)ことを説明した。

 そのように動くはずだったが、どうやら、波及効果は中ほどでストップした。すなわち、輸出増になり、投資も微増したが、消費増加にならなかった。また労働市場でも求人はふえた(しかし正社員は減少、非正社員が大幅増加)が、名目賃金は上昇しなかった。一方、株価は急上昇し、輸出企業のいくつかと金融機関は空前の経常利益をだし、内部留保も最大額になる。しかし、名目賃金も実質賃金も上がらず、消費は拡大しなかった。結果がでないために、2016年にはふたたび円高に転じる。消費税増税でインフレは起きているが、賃金が上昇しないので消費は拡大しない。まあ、大企業と都市銀行と元からの資産家だけが肥えて、それ以外の大多数は資産を減らすか、持てないままであり、生活の雰囲気は閉塞している。
 主要な失敗は税制(法人税減税と消費税増税)にあると思う。その方向の批判はたくさんあるので、ここでは省略。企業の側におくと、原因はこんなところにあるかと思う。ひとつは1990年代の銀行のふるまい。不良債権の増加した銀行は貸付金をいったん回収したものの次の融資を実行しないという「貸しはがし」を行って、企業の経営を苦しめたり倒産させたりした。このときの記憶が現在の企業経営者にあると思う。将来の不況の際に、倒産しないように備える。次は、団塊世代の大量退職で発生する退職金に引き当てること。最も問題だと思うのは、企業が長期的な成長戦略をもっていないので、有効な投資先を見出せないこと。1960年代の高度成長期には、企業は内部留保どころか、積極的に銀行の借り入れを増やして投資を増やした。賃金も毎年上昇した。金が循環することで、経済は拡大したのだが、いまは投資に消極的で、堅実な経営にこだわる。それが過去最大額の内部留保になっているのではないかな。まあ、素人考えですけど。
 「金融緩和」は企業活動を活発にするとても有効な仕組みであるのだが、それに乗る企業が極めて少なく、当面の安全のために貯金を殖やしておく。まあ、バブル崩壊後四半世紀が立って、この国はいまだに自信喪失から抜け出せず、将来ビジョンの不在(なんといっても高齢化社会の恐怖)で、内に引きこもったまま。そして戦後に生まれ高度経済成長を牽引した企業が戦後70年をたって寿命を迎えたかのように、現実に対応できずに活力を失っている。
 そういう見立てに立つと、経済政策は政治家や日銀や大企業にまかせておいておこぼれにあずかろうという1990年までは有効だった立場ではだめ。俺らの望む暮らしになるように、政治家や日銀や大企業に変えろと主張することが必要。言うこと聞かせる番だ俺たちが!