odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-1 20世紀初頭のフランス版ショートショート。残虐でユーモラス。人間は愚かだが愛おしい。

 モーリス・ルヴェルは本国(フランス)でも忘れられた作家になっているらしい。解説および序文を書いた人たちによると、どうもこの一冊だけが翻訳されたらしい(長編一つが翻訳されたかされないか)。しかし、この一冊の翻訳によって、ルヴェルの名はこの国で残った。なにしろ、雑誌「新青年」で一編が紹介されたところ、非常な反響を呼んだのだった。以来、数年をかけて30数編が翻訳され、この「夜鳥」にまとめられた。
 この国の2度目の探偵小説ブームの時(最初は明治30年ころの黒岩涙香の翻案小説)、大いに歓迎され、今から読み返すと数名のこの国の探偵作家はルヴェルの影響のもとに作品を書いた。小酒井不木、最初期の横溝正史などがそう。江戸川乱歩にもよく似た短編がいくつかある。こういうタッチの小説に熱狂したもので、乱歩のいう本格探偵小説は読者にも作家にも恵まれなかった。
 というわけで、ルヴェルの作品をよもう。せいぜい原稿用紙20枚。文庫本だと一編10ページ。5分で読み終える。

或る精神異常者 ・・・ 人生に飽いた高等遊民が毎晩自転車曲乗りを同じ席でみるのはどういうわけか。

麻酔剤 ・・・ 人目をはばかる恋をしている麻酔師のところに、当の恋人が患者としてやってきた。彼女のうわごとに麻酔師はきがそぞろになって。

幻想 ・・・ 今日の飯代に困る乞食が同じ境遇のめくらの乞食に飯と酒をおごる。めくらは乞食を旦那と思い込んで盛んにお礼を言う。そこで乞食は、自分の夢がかなったことを知った。フランスは乞食が多いと、開高健金子光晴がレポートしている。

犬舎 ・・・ 妻の不貞を疑うアルトヴァル氏が、嵐の夜に妻の寝室に不審な男を発見した。その男は死んでいて、狩猟犬が騒がしいので一計を案じた。

孤独 ・・・ 人との交わりを避けてきた老事務員が、酒場で飯を食ううちに、自分の人生が寂しい限りであることに打ちのめされる。深夜帰宅したとき、マッチをなくし明かりがない。手元には装填した銃があった。

誰? ・・・ 医師は書斎に髑髏を置いていた。あるときそれが顔を持っているように見えた。町でとても気になる青年を見つけたが、だれかわからない。数日して聞いた青年の恐るべき出生譚。

闇と寂寞 ・・・ 姉一人、盲と唖の兄弟。3人の乞食が一緒に暮らしていたが、姉が先に死んだ。通夜の闇の中、盲が目をさまし異様な雰囲気を感じた。唖の弟の体をゆすぶったのだが。

生さぬ児 ・・・ 妻の不義を疑って激高する男、帰ってきた子供の顔をまじまじとみつめる。すると、間男の自慢のあざと同じものがあるではないか。

碧眼 ・・・ 情人が死刑で先立たれ今は入院中の娼婦。今日は一年忌なので、墓参りに行くと医師に無理を言う。花を添えたいが、金がないので、男を拾って昔の仕事をした。酒屋にもどったとき、客の仕事を知る。

麦畑 ・・・ 小作人の男にはかわいい女房がいる。姑は女房が畑に出てこないので、愚痴を垂れ、地主の主人となにか秘め事があるとそそのかす。小作人は麦刈り中、そのことに頭がいっぱいなところ、女房と主人のいちゃつく声を聴いた。

乞食 ・・・ いつも村人の邪見にされている乞食、重すぎる荷を馬車に乗せた男に呼び止められる。馬は重さに耐えきれず、男を引いてしまう。すぐに助けないと胸が押しつぶされるだろう。そこで乞食は村に向かうのだった。

青蠅 ・・・ 情人殺しで検死に立ち会う容疑者の男。すべての質問に否認していた。最後に死体の首を絞める動作をしてみろと言われたら、死体の口が開いて。

フェリシテ ・・・ 「至福」を意味するフェリシテという孤独な中年女性。ふと声をかけてきた旦那が毎土曜日にフェリシテを訪れるようになる。幸福な2年間のあと、男は別の女と結婚することを口にした。「幻想」の別ヴァージョン。

ふみたば ・・・ 戯曲作家のランジュは、恋人の破局のときに恋文を返せといわれた。それは、現在書いている小説のインスピレーションのもとだったので、今は書けなくなったと嘆く。それを聞いた恋人は恋文を返そうとする。

暗中の接吻 ・・・ 情婦に硫酸をかけられて盲目になった男、情婦に情状酌量を願い出て、情婦との同棲を再開する。男は愛を語り、接吻をさせてくれと情婦に願う。

ペルゴレーズ街の殺人事件 ・・・ 列車に乗り合わせた4人の男女。話はつい最近の殺人事件に触れる。一人が検死医で、死体には犯人の手の跡が残っていて、パリのすべての新聞に載るだろう。だから、犯人は手首を失うくらいしか逃れる道はないという。その直後、トンネルに入ったときに、若者が右手を抑えてうめき声をあげた。


 最初にめにつくのは、「残酷」であること。それは肉体を損壊すること、殺されることがいたるところに描かれるので明らか。いやあ、読んでいると読者の心も痛みが走るよ。その種の痛みの真骨頂は「或る精神異常者」「犬舎」「暗中の接吻」「ペルゴレーズ街の殺人事件」だな。そのうえで、人生の終末を残酷なめにあわせること。「麦畑」「乞食」みたいにスプラッシュさせるのもあるし、「幻想」」「フェリシテ」のように失意にまみれさせるし。そこまでではなくとも「ふみたば」「碧眼」のように自分の行動を振り返って、暗然たる思いにさせ、身をすくませる。それこそ足元が崩れ落ちるような気分にさせる。
 とはいうものの、読後の気分が暗澹たるものになり、気分を害された感じにならないのは、ルヴェルのユーモアのせい。カーニバルのような騒々しさと社会の階層の逆転が起きて、物語の底というか地面から笑いと生き生きした気分が湧き起こっているから。そのうえで、人々の愚かしい行為が誇張されて書かれていて、その筆は人々に温かい。
 でも、人の行く末に対しては厳しいことこの上ない。残酷で容赦がないけど、人にはなにか取り柄があるとみている。この落差が小説を面白くしている。(いいかげんで根拠のない妄想だけど、この残酷とユーモアというのは、コンメディア・デラルテとか「パンチとジュディ」のような民衆劇の反映なのかも。)

  
2016/07/20 モーリス・ルヴェル「夜鳥」(創元推理文庫)-2 に続く。


 KINDLEモーリス・ルヴェルの短編集がでていた。ざっととしかみていないが、「夜鳥」と重複した作品はなさそう。