odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「日本探偵小説全集 2」(創元推理文庫)「化人幻戯」

 この日本探偵小説全集には、二銭銅貨/心理試験/屋根裏の散歩者/人間椅子/鏡地獄/パノラマ島奇談/陰獣/芋虫/押絵と旅する男/目羅博士/化人幻戯/堀越捜査一課長殿が収録されている。いくつかの短編と「パノラマ島奇談」「陰獣」は別のエントリーで取り上げたので、ここでは省略する。

押絵と旅する男 1929 ・・・ 魚津に蜃気楼を見に行き、帰りの汽車で押絵を窓に掲げる老人と会う。彼の語る奇談。現在は1929年で、事件の起きたのは1894年ころ。その間35年。浅草の賑わいは、乱歩が散策している場所だけあって実在感があるなあ。語り手の老人は押絵の男と同じ服を着ていて、髪形がそっくりということが何度も繰り返される。その強調から、老人の語りも騙りではないかという疑惑も生まれ、そこらは蜃気楼のなか。虚実ははっきりしないのです。

目羅博士 1931 ・・・ 月夜に自殺者が頻出するビルディング。その謎を解くために、青年は目羅博士に目星をつけて、彼の後を追う。このサマリーだと都市を舞台にした「屋根裏の散歩者」になるな。あいにくこちらでは語り手は処罰されない。なにしろ月のマジックに当てられた人々の妄想の物語の中だから。冒頭では、上野の動物園を散策している作家「江戸川」に青年が話しかける。ここでの青年のなれなれしさは谷崎潤一郎「途上」の探偵そっくり。自閉的・憂鬱的な人々にとっては、他人との出会いや会話はこんななれなれしさとかうっとうしさをもっているのだよね。

化人幻戯 1954-55 ・・・ 敗戦後うまく立ち回ったのか短期間で財閥になった大河原家に書生となった庄司武彦。当主・義明は探偵小説と奇術とレンズのマニア。後妻の由美子27歳は義明の半分の歳、すきを見ては庄司にちょっかいをだす。そのうえ義明が目をかける姫田と村越という青年にも色目を流し、庄司は気が気でない。伊豆のあたりの別荘にいったとき、望遠鏡を眺めていたら、崖から転げ落ちる人間の姿を目撃する(崖からの転落という事件で、大阪圭吉「花束の虫@銀座幽霊」を思い出した)。波打ち際にあったのは、姫田の死体。容疑はもう一人の青年、村越に集まる。箕浦刑事が村越を威圧的に尾行。密室の中で射殺されているのが発見される。村越と懇意らしい讃岐丈吉なる画家も変死体で見つかり、彼の家からマネキンが発見される。由美子とますます懇意になっていく庄司は、由美子が隠した日記を持ち出す。そこには夫・義明を犯人と推理する文章が書かれてた。庄司は由美子に誘われて、麹町区にある巨大な空き地の中の防空壕に入った。陶酔と歓喜の一時間。
 戦後の本格探偵小説はほとんどこの一作。敗戦後に海外探偵小説を読みまくった成果が表れている。ここには彼が偏愛したいくつかの作品の趣向が使われている(ここでは明かすことはできないので、秘密の日記に書いておこう)。作家は意欲がのらなかったような旨を書いているが、自作に厳しすぎる作家の自評はあてにはならない。なるほど意欲とは裏腹の残念作なのだが、問題なのはむしろ、書き方の古さ。キャラクターの人となりや過去を数ページかけて紹介し、それから彼らが動き出す。長い説明の文章を読むのはつらいし、ストーリーも停滞する。同じ問題を横溝正史「本陣殺人事件」で抱えていたが、「獄門島」で克服して戦後探偵小説の潮流をつくれた。あいにく乱歩はそこまで至らなかった(雑誌編集に注力していたからだろうな)。
 むしろ、敗戦占領期の貴重な描写を楽しむべきか。戦後の混乱期に乗じて成功した元貴族の優雅な生活とか、ようやく落ち着いてきたサラリーマン生活とか(特に警察描写に顕著)、麹町が戦後10年を経ても防空壕や空き地があるところなど。前半の大河原家の情景は、太宰治「斜陽」などを思い出したよ。そのうえ、ラストシーンの暗闇の防空壕という趣向は、「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」以来の体内回帰願望を髣髴するもので、雀百まで踊りを忘れずとはこういうことかと納得する。


 奇しくもレンズ、鏡、望遠鏡に魅せられた人々の物語が集まった(もちろん、編者は意図してそうしているのだ。「鏡地獄」も収録しているくらいに)。これらの機械は人と対象の間にある。機械は自由自在に倍率を変えて対象をみる。そのうえ不確定性原理はここでは働かないから、機械を介した視線は対象に変化を起こさない。人は対象と触れることなく、一方的な視線を向けることで、観察する人の存在を隠しながら、対象の行く末を操るわけだね。この3つの作品も、人が人を操り、破滅に追い込む物語。
 あと、機械を介したコミュニケーションを好むというのは、ある種の性向を持つ人には「自然」になるのだよ。とインターネットを見ながら確信する。