デビュー2年目、著者31歳のときの作品集。
踊る一寸法師 1925.01 ・・・ サーカス団の打ち上げで、女性軽業師が障害者をいたぶる。騒ぎものの楽器を持ち出してはやし立てる。次第にエスカレートしていって…。今読むにはちょっときついね。
ポオ「跳び蛙」と比較せよ(リンク先では別タイトル)。
エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-3「アルンハイムの地所」「ランダーの別荘」ほか
毒草 1925.01 ・・・ 友人とバラックの近くでありきたりの草が堕胎薬になるという与太を話していたら、数日後草は刈り取られ、街では流れ児のうわさが流れる。社会問題とか高等遊民の不安の描写などを解説者はほめているが、この高等遊民の無責任さが気に入らない。当時は貧困の中での子沢山が問題だった。女性の教育が産児制限には有効なのは、この国に限らず、多くの国で見られたこと。
覆面の舞踏者 1925.01 ・・・ 高等遊民かブルジョアしか入れない二十日会。それが主催する「覆面の舞踏会」に参加したら…。乱交の欲望と不倫の疑惑なのだが、これも21世紀にはアウト。男視点の傲慢さがいけない。
灰神楽 1925.03 ・・・ 火鉢を激しく打って灰神楽が舞う。そのときピストルの引き金を引いた庄太郎は一郎を殺してしまった。煩悶するうち、秘策を案出する。犯人の側から描いた「心理試験」。策士策に溺れる。
火星の運河 1925.04 ・・・ 深夜森の中を徘徊する。自分と恋人の区別がなくなり、森の区別がなくなり、あと紅色を欲しがる。解説にあるように、一行空け後の段落は不要。ネタがないところを無理くり書いたのだって。
モノグラム 1925.07 ・・・ はじめて会ったのに妙に懐かしい男と出会う。「私」は気になってならない。男を訪れると、懐中鏡を出し、その中に「私」の写真がみつかる。初恋の憧憬と現実の幻滅と。狭い世の中、広いようで狭かった。
お勢登場 1925.07 ・・・ 不倫している妻に文句を言えない病弱の男。子供と遊んでいるうちに長持に閉じ込められる。帰宅した妻が気付くが、助ける代わりに、もう一度ふたを閉めた。瀕死の男のかいた「オセイ」の文字。連作にするつもりらしかったがこれ一作。もったいなかった。「芋虫」と「お勢登場」を比較すること。そこから見える家と姦通の様相。
人でなしの恋 1925.07 ・・・ 気難しい人嫌いの夫に嫁いだ19歳の「おぼこ娘」の告白。次第に夫の愛撫は冷めて、深夜蔵の二階にひきこもる。それを追いかけた妻の妄執。夫の偏執。横溝正史「面影双紙」1933の夫婦と比較せよ。
鏡地獄 1925.10 ・・・ 莫大な資産を受け継いだ青年、鏡の魅力にとらわれて奇妙な実験に熱中する。大正時代にバーチャルリアリティに魅かれた引きこもりの悲劇。
木馬は廻る 1925.10 ・・・ 浅草の花やしきでラッパ吹きをしている格治郎52歳。若いお冬の気を引こうとするが、もちろん何も起こらない。掏摸がおいていった誰かの給料袋をみつけて、猫ババしようとする。
自分には低調な作品が並ぶ。「鏡地獄」が佳品で、「お勢登場」がそれに続くか。本格探偵小説はひとつもなくて、「奇妙な味」の作品ばかりになる。乱歩の妄想、偏執はそれ自体は興味深いが、今日の人権意識からすると問題のあるものばかり。マニアや研究者はそこをかっこに入れられるのだろうが、自分にはきつかった。
陰獣 1928.08-10 ・・・ 探偵小説作家の「私」は博物館で美貌の女性と知り合う。彼女、小山田静子はかつての恋人である平田一郎のストーキング(という言葉は小説中にはない)と脅迫に怯えていた。2年前に夫・六郎が帰朝してから、平田の憎悪は増していき、しかも彼は新進作家・大江春泥であるともいっている。偏執的で猟奇的な作風で評判をとった大江は極端な人嫌いなうえ、住所を転々として、他人に姿に見せたことがない。にもかかわらず、静子の一挙手一投足を知悉しているのである。懸命の捜査(しかし素人の)にもかかわらず大江は見つからず、六郎が刺殺されたのが吾妻橋でみつかった。「私」は事件の詳細を研究し、意見書を警察に提出する。それが事件の全貌と思われた。しかし、天井裏で見つかったボタンとボタンのとれた手袋を見つけてから、その推理が瓦解する。あらたに解釈し直さなければならない。それは戦慄すべき真実であった。静子に伝えなければならない。
というのが表層の事件。この殺人事件といっしょにもうひとつの物語が同時に進行している。被虐嗜好のある女性が時間をかけて嗜虐者を調教したが意にそわなくなり、新しい嗜虐者を獲得し、調教しようとする。その結果は絶大で、被虐嗜好者にとってはもっともエロティックな快楽をもたらせることに成功した。まあ、これは「私」にだけ起きた「事件」だ(たぶん犯罪性はない)。うえの殺人事件でも犯人と被害者の逆転があって、どちらがどちらであるかわからないという事態になっていたが、こちらの物語でも快楽の主導権をどちらが持っているかわからない事態になっている。このふたつの物語が、互いにからみ合って同時に進行しているのがこの小説。
で、後者の物語は巧みに隠蔽されていて、それとははっきりわからない(自分もメモを取りながらの再読でようやくわかった)。なぜそうなったかというと、冒頭の記述に鍵があり、語り手の「私」は「理知的な探偵の経路にのみ興味をもち、犯罪者の心理などにはいっこう頓着しない作家である」と宣言しているから。なので、この文章を読んだ読者は「私」の記述が客観性をもち、正確であり、推理は理知的であると思い込むだろう。そのうえ、「私」に訪れる性愛の王国が独身男性を蠱惑する。すでに「私」に深く感情移入した読者は記述の正確性を疑うことはしないだろう。だから「私」の物語(静子に手玉を取られ、彼女の希望する通りの推理を披露し、彼女を犯罪者と弾劾させられること)は隠されるのだ。みごとなものだ。
よく言われるように、大江春泥の小説は著者がそれまでに書いてきた小説の集成になっている。ここで乱歩は最初期の作家生活の仕事を批評的に見直すことになり、次のステップに移行する。それが「孤島の鬼」以降の通俗長編小説。
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