odd_hatchの読書ノート

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江戸川乱歩「パノラマ島綺譚/一寸法師」(講談社文庫)

 乱歩の本は編集を変えていろいろな出版社から出ているから、どれで読んだというのは意味がないかもなあ。これは1970年代の講談社文庫ででた全集の一冊。最初期の長編(中編)2本を収録。


パノラマ島綺譚 ・・・ 夢想癖の強い若者・人見広介。毎日、下宿に引きこもって白昼夢にふける。学生時代の知り合いである菰田源三郎が死んだという知らせを聞いた。彼は周囲からは双子ではないかと思われるほどに、似ているのだった。人見の妄想が殺人計画、そしてなりすましに進み、彼は人工の桃源郷を実現しようとする。パノラマは円形の部屋の壁に風景画などを書いて、鳥の視点で描いた町や都市、ときに戦場の図を見せる。絵の手前に模型を置いたりして、リアリティを高める工夫をした。19世紀には博覧会、遊園地などで大人気。乱歩の作品が書かれた1925-26年にかけては、人気があったという、という話を荒俣宏の本で読んだことがあると思うが、出典は不明。ごめんなさい。
 面白かったなあ。今回の再読で思い出したのは、この小説はほかの小説の引用で成り立っているのではないか、という妄想。冒頭の鬱屈した青年の引きこもり状態はまあ「二銭銅貨」「D坂の殺人事件」あたりでも描写されるようなものだけど、鬱屈のしかたはドスト氏「罪と罰」だな。経済的にひっ迫し、社会に認められない非リア充(という使い方でいいのかな)が、自尊心だけ高まって観念的な倒錯にむかうところなど。

「どうせ飽きはてたこの世の中だ。どうせ、うだつの上がらない一生だ。よしんば、そのために命をおとしたところでなんの惜しいことがあるものか(P26)」

 ここで決死の飛躍をするわけ。直前には、土葬の習慣と生きながらの埋葬が描写されて、ポオ「早すぎた埋葬」の恐怖が語られる。これも乱歩愛好のテーマのひとつ。自殺の偽装のために深夜の客船から海に飛び込むのは、デュマ「モンテ・クリスト伯」の脱獄シーン。菰田の死体発掘はシェリー夫人「フランケンシュタイン」。ラヴクラフトの「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」1921-22を乱歩は読んでいたかなあ。パノラマ島の描写で、森の中を移動するのはポオ「アルンハイムの地所」。パノラマ島で白鳥の小船が夫婦を迎えに来るのはワーグナー「ローエングリーン」で、裸女が乱舞するのはワーグナーパルジファル」第2幕の花の乙女の誘惑のシーン。人見=菰田の妻への長い語りはバラージュ/バルトークの「青髭公の城」。人見の説明に、ここでは時間が空間に変わる云々があって、「パルジファル」第1幕のグルネマンツの語りを思い出した。死体をコンクリートで塗り込めるのは、ポオ「アモンティリャードの樽」で、一筋の髪の毛から発覚するのは同「黒猫」(く、苦しい)。そんな具合の先行するイメージのパッチワーク。だからこの作はダメなのではなく、これらの先行イメージに誘発された乱歩の妄想力が読者を魅了させ、繰り返し読ませる力をもっていることのほうに驚こう。すばらしい。
 解説によると初出当時は、読者の受けが悪かったという。乱歩御大(にはまだなっていなかったが)の空想もこの程度か、と。読者が数世代入れ替わり、パノラマ館がなくなりもはや体験できないものには、レトロ・フューチャーな新しさに変わったのだろうな。まあ、俺のような老年者には花火による爆死がゴダール気狂いピエロ」のラストシーンに重なって「懐かしい」になるのだ。
 人見の倒錯は

「そしてなにをするかといえば、古来なにびとも試みたことのない、自然の改造、風景の創作、つまり途方もなく大きな一つの芸術品を造り出すのではないか、楽園を、地上の天国を創造するのではないか(P27)」

 だから自分の行為は正当化される、という観念にある。危険だな、と思う。


一寸法師 ・・・ 1927年に朝日新聞に半年ほど連載。浅草の安木節を聞いた帰り(まあ、ストリップをみてきたと思いなせえ。これも失われつつある風俗で21世紀の若者には通じないか)、一寸法師が歩いている。つけてみるうちに死体の腕をどこかに隠す。遭遇した小林青年は、山野家の令嬢失踪事件をしる。美貌の山野夫人に惹かれて小林は事件に深入りしていく。行く手には一寸法師の姿が見え隠れする。最初の新聞連載で、構想を練る間もなくいきあたりばったりの創作になったそうで、このあと乱歩は一時筆を立ってしまった。
 明智小五郎は上海からかえったばかりで、起居する家では支那服を着ているという洒落姿。短編では高等遊民だったのが、趣味の探偵で大資産家に変貌。さて上海でなにがあったことやら。

  


 新東宝が映画化していて、カルトな人気をもっている。DVDになっていることに少し感心した。
 江戸川乱歩一寸法師(1955年:新東宝 監督:内川清一郎 出演:宇津井健、二本柳寛、安西郷子、丹波哲郎、和久井勉他)