odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

宮部みゆき「荒神」(朝日新聞出版) ゴシックロマンスと怪獣特撮映画を合体してみたのだが...

 朝日新聞夕刊に連載されたもの(そういえば載っていたなあ)を改稿して2014年に出版。タイトルは「こうじん」と読むのだそうだ。俺は石川淳「荒魂」が頭にあったので、「あらがみ」と読んでしまったよ。
 俺のようにすれっからしになると、小説にノレないときには元ネタ探しをしてしまうのだが、これはウォルポール「オトラントの城」と知れる。時代は綱吉のでてくる元禄時代(1688-1704年)というから、「オトラントの城」が書かれた時代1764年とそれほど変わらない(ことにしておく)。
 舞台は陸奥会津のあたりか)の山村。ここにある香山藩と永津野藩が大平野山を挟んで剣呑な関係にある。もとは同じ一族だったのが、香山が生薬の生産で潤ったのをねたんだのか、永津野側が人さらいをするとかでいさかいになったのだ。さて永津野藩には剣客の浮浪人がのし上がって今では藩政を牛耳っている。養蚕は新たな収入源となったが、強引なやり口には抗するものが多い。香山藩では継嗣の少年が風土病にかかり、内部分裂の気配がある。そこに香山藩のある村が全滅し、難民が藩境を越えて永津野の領地に逃げ込むという事件が起きる。隣藩の戦闘でもなく、野武士の略奪でもなく、およそ人の起こしたこととは思えない。
 そこに香山藩では永津野を牛耳る家老の悪行をいさめるために、双子の妹が山を越えることにし、永津野藩では村の絶滅の理由を調査するために、若い藩士が向かう。それぞれ山暮らしの長い異能のものをともにつけ、あるいは村の唯一の生き残りの子供を従える。この事件には、ふたつの伝説がかかわっていてそれぞれ老人が鍵を握っている。すなわちサンカのごとく山を縦横無尽に知り尽くしたじいという男であり、古い寺の住職である。そこには仏教ともちがう荒神信仰のごとき伝承が残っているが、江戸の百年の太平では顧みるものはいない。二組の若い男女は、それぞれ異なる旅路の果てに廃墟に近しい寺に集まるのである。そこには永津野藩を牛耳る家老とその軍団も集まる。ついに、若い男女の因縁が解き明かされ、生き別れが親兄弟として再開し、老人の知恵は現在の事件を解明し、現在のいさかいを止揚する新たな秩序の構築が行われるのである。悪はあくまでも悪であり、善はおのずとして人々を引き寄せる。なるほどこの小説では人は変容しない。成長することで本来の性向があらわになり、それを受け入れていくのである。この人のみかたこそが「オトラントの城」と共通する部分に他ならない。
 まあ、表層は巨大な蛇としか形容できない人を食う化け物の襲撃と退治の物語。村を壊滅させる描写は全く特撮映画(昭和30年代のそれね)そのもの。元禄時代の山村にゴジラが現れたと思いなせえ(場所からするとバランのほうがふさわしく、時代からすると「大魔神」か「仮面の忍者・赤影」がふさわしい)。多くの読者はこちらに目を向けるであろう。ただ、怪物は荒神信仰と関係するらしいが、この信仰に関する描写は少ないので、「つちみかどさま」なるゴーレムのような化け物の正体を納得するのは難しいかもしれない。
 俺はこちらの方向で読むことより、キング「呪われた村」、クーンツ「ファントム」、マキャモン「スティンガー」のような閉鎖された村が化け物に襲われるというモダンホラーの系譜を思い出した。物理的にも、人間関係でも逃げ出すことができず、圧倒的な力の前に絶滅しかない。そこで少ない勇気を振り絞って、社会の正義のために立ち上がる、そこには想像を絶する困難がまっていて・・・。そこにおいて自己を発見し、希望を見出し、過去の恩讐を乗り越え、和解に至るというような。
 以上の見立てはともかくとして、読書中には目がすべり、活字の流れを追いかけるのが困難になったのは告白せねばならない。会話は映画やドラマででっちあげられた時代劇の擬古文である一方、地の文では昭和軽薄体のごとき浮ついた文章が並ぶ。無数の登場人物が現れるとして、およそ生きている「人間」とはおもえず、映画やドラマのキャラクターのあれこれを想起するしかない薄っぺらで類型的な連中。彼らの名前と関係を覚える気持ちにはなれない。単行本化にあたり大幅加筆したそうだが、小説半ばでの化け物との遭遇戦が単行本で80ページもある一方、最終決戦が30ページたらずというのは、構成の失敗ではないか。冒頭には香山と永津野の確執を解説する20ページほどがあるが、そのような説明文章をなくして人物の会話の端々ほかで浮かび上がらせるというのが、この国のエンターテイメント小説の戦後の「進化」ではなかったか。
 ようやく読み終えたとき、これ以上ページを繰らなくてよいのだと安堵した。
 岡本綺堂や国枝四郎、戦後では都筑道夫らの作品が無性に懐かしい。