odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

池井戸潤「七つの会議」(集英社文庫) 日本型経営システムは保身と現状維持と社内ライバルとの競争ばかりで、民主的な合意を形成できない。

 年商1千億円の中小企業(おれにとっては「え、その売り上げで中小だって!!」)。そこで起きる7つの会議を詳細に描く。部内の営業会議、下請け企業の役員会、企画会議、計数会議(全社の営業会議の前の利益確認用)、連絡会議(複数部署の情報交換)、役員会議、個人的な打ち合わせ、社内調査委員会の聞き取り。サラリーマン物の常として退社後の酒盛りもある。


居眠り八角 ・・・ 「東京建電」という企業集団。常に優秀な成績を出す一課・坂戸の発表を前に、ノルマを達成できない二課課長・原島はコンプレックスをもっている。その一課の課長がパワハラで左遷され、退社することになる。出世を据え置かれた八角にこの会社の歴史(ここでは明らかにならない)をきき、愕然とする。
ねじ六奮戦記 ・・・ 老舗のねじ製造会社は赤字を続けていた。前の章の一課課長に泣かされていた社長のところに、次の一課課長・原島が訪れていた。
コトブキ退社 ・・・ 営業事務を5年務めた女性社員が仕事の意欲をなくして退社することにした。残り2カ月でなにかやり遂げたいと思い、会社にドーナツを無人販売する企画を提案した。はじめての企画書作成、交渉、システム構築、やることがいっぱい。黒澤明「生きる」の21世紀バージョン。
経理屋稼業 ・・・ 経理課長が最近の一課の発注に疑問を持つ。一か月で数百万のコストアップ。それを上司に伝えるも社長からかまうなの命令。独自に調査すると、上司に叱責され、社内の不倫もばれて、営業職に転属される。東京建電に何か起きている気配。
社会政治家 ・・・ 営業のナンバー2だった調子のよい社員が上司の不興を買って、クレーム担当に回された(その会社では出世の見込みのない左遷部署)。復讐のために、椅子のクレーム調査を開始する。
偽ライオン ・・・ クレーム担当部署からの告発が役員たちにまわる。営業部長や製造部長は隠蔽するために彼らに圧力をかける。
御前会議 ・・・ 匿名の告発文がだされ、「東京建電」の親会社「ソニック」にも伝わった。社長と役員の出席する通称「御前会議」が開かれる。
最終議案 ・・・ 社外調査委員会が入り、東京建電の責任と処理が検討される。最後に「誰が、どうやって」の謎が解ける。


 背景には「ソニック」「東京建電」の事件があるわけだが、このサマリーでは取り上げなかった。自分の記憶はあいまいになっているが、311直前にはリーマンショックとともに企業のコンプライアンスが重要なトピックだったので、読む前に調べておくとよい。
 さて、この種の会社の会議から遠く離れているし、「東京建電」ほどの巨大企業にはいたことがないので、小説にはあまりリアリティを感じない。まあ俺が経験した会社の会議はもっと子供じみた連中の言い合いで、薄っぺらで、社員間や社員グループの抗争の場ではなかったからね(そういうのには鈍感だったのもある)。
 いくつか。
1.21世紀の10年代に書かれたサラリーマン小説を読むと、昭和のサラリーマン生活や日本型経営が終焉したことを痛感。連作短編の主人公たちは1980-90年代に就職したわけだが(「コトブキ退社」を除く)、彼らはその親の世代と葛藤している。まあ、日本型経営システムの最初の就職者とその子供の世代間の葛藤になるわけだが、この小説では子供の世代(小説中では40-50代)が親を乗り越えられないというコンプレックスをもっている。それが彼らのサラリーマン生活のバイタリティの原動力。でも、あいにく21世紀の会社は彼らの要望に応えられない。頑張ったあげくに、経営が傾くと、最初にリストラにあう。といって、大企業の体質に浸かった彼らは転職も容易ではない。そこであがきながら、しかし収入減と借金と家族の解体に直面して途方に暮れている。そういう事態が21世紀に起きているのだ。象徴はリーマンショックだが、どうもこの国の棒給生活者はまだ昭和の日本型経営システムが継続すると夢想しているみたい。小説の最後は、矜持を持つことで終わらせているが、プライドの満足は生活の不安を補いはしないだろう。
1−2.昭和以前は企業やビジネスの寿命は人の一生よりも長かった。鉄道、鉄鋼など。バブル崩壊以降、ビジネスの寿命が短くなり(携帯電話販売、プロバイダーサービス、テレアポなど)、企業の寿命も人の一生より短くなる。20世紀に就職したものは、昭和のサラリーマンのように定期昇給と高額な退職金を当てにしていたが、衰退期の企業はどちらもできなくなる。彼らの思惑は誤算になる。転職しようにも就職した企業に最適化したノウハウやマナーは他の企業やビジネスで通用しない。未来の見通しが立たないまま、システムに依存し保身と現状維持に汲々とするる。
2.その日本型経営システムの特長のひとつは、システム自身の保存とシステム構成員の現状維持にある。くわえてシステム内の小グループ間の競争と、ステークホルダーの無視。「ソニック」「東京建電」に起きた事件の遠因はそこにある。そのとき、会議は民主的な合意の形成ではなくて、システム運用者の意見の押し付けの場になっている。個人の自由はなく、権利は尊重されない。システムの総意に反意を持つ者は排除される。
3.柴田昌治「なぜ会社は変われないのか」(日経ビジネス文庫)では、会議で会社の停滞を改革しようと提案する。その会議は、システムのヒエラルキーを解体して、かつ組織内グループの利益最大化を棚に上げて、社員がこの人間として集団や組織全体の利益最大化や効率性アップに貢献しようとするもの。これは、ロシア他の革命やアメリカ独立戦争で見られた草の根民主主義の「市民」参加型のコミュニティの創設に近い。そういう自覚した個人の運動で経営の変革を促すことになる。さて、このような改革運動は「東京建電」のような日本型システムの企業で成功するか。7つの短編で、「東京建電」のような日本型システムに対抗ないしオルタナティブを提案したのは、平成育ちの「コトブキ退社」の主人公くらい。
 物語には全く乗れなかったが、周辺事項でいろいろ考えた。

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