odd_hatchの読書ノート

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ゲーテ「色彩論」(岩波文庫)-1

 ゲーテの「色彩論」1810年は大部な著述であって、第1部:教示編、第2部:論争編、第3部:歴史編の3つの部分からなるという。この岩波文庫版は第3部:歴史編の抄訳(それでも400ページ)。1952年初出のために、旧字旧かな。古い書体の活字はかすれ、文体も翻訳調の堅苦しいもの。訳注もほとんどなく、ある程度の科学史西洋史の知識を持っていないと読み通すのはつらい。

 ちくま学芸文庫にも同じタイトルの本が出ている。そちらは「教示編」で、それに「科学方法論」を併載している。歴史編は除外とのこと。


 また全訳も、色彩論 【完訳版】(工作舎)ででていて、なんと1424ページ。自分には読み通す自信がない。


 ゲーテの自然科学研究は、1980年ごろまでは知る人ぞ知るくらいで、まず邦訳文献は入手できなかった。最近では色彩論以外の翻訳も出版されていて、手軽に入手できる。とはいえ、どれも500ページ超え。しかも現代科学とは別の語彙と論理で語るゲーテの自然研究書をどれだけの人が読み通せるだろうか。

ゲーテ形態学論集・動物篇 (ちくま学芸文庫)

ゲーテ形態学論集・動物篇 (ちくま学芸文庫)

 内容は、18世紀の科学の勃興期のもの。19世紀以降の科学研究ではゲーテの主張は退けられて、まず取り上げられない。科学史でも触れられることはめったにない。しかし、ゲーテの議論は色の主観的な体験の現象学に受け継がれ、また色覚の生理学や色彩の心理学の別のアプローチも行われているという。そこは大山正色彩心理学入門―ニュートンゲーテの流れを追って」 (中公新書)で補完しておいたほうがよいのだろう(自分は未読)。 自分は色の科学や学問、実用化などには興味がなかった。この本の復刻(1988年)を購入したのはあくまで科学論の古典の一つという程度の興味。またゲーテの著作になじんでいるわけでもないので、この18世紀の知の巨人の思想もよくわからない。かつて小栗浩「人間ゲーテ」(岩波新書)を読んだことがあるけど、さて何が書いてあったのかしら。それにこの「色彩論:歴史編」」は議論の本ではないので、ゲーテの考えは断片からまとめるしかない。以下のまとめには、19世紀以降の科学の教育を受けた自分の恣意やバイアスはかかっている。そんな具合にこの本の正当なレビュアーである自信はないのだが、やってみようか。
 本書からゲーテの学問観を図式化すると、学問には感性=概念=文学、理性=自然=科学、悟性=イデー=哲学の3つの輪があって、その統合を図るのが必須。この3つを個々に伸ばしたり探究にふけっても、世界精神を全体としてつかむことはできないから。そのうえ、世界精神をつかむのは、その探求をしている主体の道徳や人格、実践、知識などを包括して高めていかなければならない。そういうのを教養と呼ぶことができる。教養を高めるためには、文学・科学・哲学をしなければならず、その知識や方法は3つの輪を縦横に行き来できる融通さと包括していないといけない。それもこれも世界精神と主体を合致させて、歴史を構築するべきだから。なので、科学はそれ自体では意味や価値を持たない。もっと大きな意図のもとに学問をやらないといけない。まあ、こんな感じかしら。
 このあたりはヘルムート・プレスナー「ドイツロマン主義とナチズム」(講談社学術文庫)の議論が参考になって、イギリスやフランス、オランダのような近代国家の成立から遅れている「ドイツ(ゲーテの時代には統一されていない)」では、統合のシンボルになったのが哲学と音楽であった。あるいは宗教的情熱をぶつける先として哲学が選ばれた、ということになるだろう。たしかゲーテはプロシャかどこかの政治家か高級官僚でもあったはずで、民族の結集や独立は重要な課題であって、それにこたえるのが自身の学問や哲学であったと考えてよい。重要なのは、学問の成果はその人の人格と切り離すことはできない。むしろ学問の質はそのまま学問する人の人格に反映されるのであるとみなす。
 その彼はニュートン批判をするときに、たんに科学の枠の中の議論にはしない。ゲーテの依拠するドイツの哲学(科学と文学と思想を統合する世界精神)で、ニュートンに代表されるイギリスの経験論(科学と文学と哲学は別物、利便性があるなら意思や意図はどうでもいい)を批判するというモチーフもあるのだろう。本書では、イギリスのように国家と民族が一致していて、民族アイデンティティの確立が不要な国民との差異を強調している。
 すなわち、ゲーテには科学も文学も哲学も国家や人格の統合の手段になるのだが、ニュートンにはそのような意図は不要。科学は文学や哲学と縁を切っていて、それ自体で完結できて、そのうえ技術と手を結んで利益や利便を得られるものだった。そこらへんがゲーテには気に食わない(なので反射望遠鏡の特許をとって金もうけしようとするニュートンを批判する)。
 そういうモチーフを含めて、ゲーテ全体主義ホーリズム)をとり要素還元主義に反対し、人格修養のための学問は効率性や生産とは無縁で金儲けをしてはならず、イギリスの科学者集団のような職人根性や閉鎖性を持ってはならないのだ。


2016/09/19 ゲーテ「色彩論」(岩波文庫)-2 1810年 に続く。