中国の音楽を鳥瞰する新書。なにしろ3000年の歴史を持ち、長江と黄河があって、現在では10億人以上も住んでいる場所だから、こんな新書一冊に収めるのはたいへん。そこで、3つのパートに分ける。
・第1部は、古代。文献、考古学資料などから音楽の盛んであった様子を示す。驚きは紀元前7000年ころの楽器が見つかったり、2500年前の鐘のセットが見つかったり、春秋戦国時代の古代記譜が見つけていること。それを再現することに行っていて、古代の響きと思われるものを聴くことができる。まあ、この国でも正倉院に所蔵されている渡来した楽器を復活演奏しているCDがあったりするのだが、さすがかの大国、歴史の厚みが違うねえ。それだけの楽器と文献が残るというのは、宮廷と庶民がそれぞれ音楽なしではいられない生活や習慣をもっていたため。そういう余裕(音楽を楽しみ、かつ資料に残す)があるのは、この地域が驚くほどの生産性をもって、富を蓄積していたからだろう。
・第2部は、演劇と音楽。というか、かの国では二つを分けて考えることができないほど。演劇にはかならず楽団がついているし、役者は芝居と一緒に歌と踊りを披露しなければならない。それに、史記や三国志など歴史文献があるために、演劇の題材は無数にあり、それが教育とナショナルアイデンティティを高める役を担っていたのだろう。演劇と単純にまとめたが、北と南、海沿いと山間部と農村でそれぞれスタイルが異なるから、全貌をつかむのは至難の技だろう。
・第3部は、民謡。著者によると中国音楽の特徴は旋律の優位。西洋古典音楽のようなポリフォニーではないし、他の民族音楽のようなリズムでもない。器楽でも旋律が豊かで、歌を含んでいることが大事。宮廷音楽や舞台音楽だけではなく、生活音楽としての民謡も豊かにある。この本では、河北・山西・西北・内蒙古・山東・江南・雲南の民謡を取り上げる。この地名をみただけで、広がりと多様性には驚くものがあるよね。まあ、なじんでいない自分にはたぶんどれも同じに聞こえてしまうのだろうが。
読みながら聞いたのは、クアラ・ルンプルやジョグジャカルタのチャイナタウンで買った中国の音楽のカセットテープ(をデジタル化した音源)。二胡に琵琶に古筝、西北民謡と本当に貧しいコレクション。なので、この本で勉強させてもらいました、くらいしか感想がないです。思い出したのは、チェン・カイコー監督の「黄色い大地」という映画。八路軍の兵士が陝西省の山村に民謡の採集にでかける。村人からはそうすかん。寄宿している家の娘が都会育ちの兵士に幼い恋心を抱いていく。兵士は八路軍の指示で山村を離れ、戦闘にでていく。そんな感じのストーリーの1984年制作の映画(よい映画でDVDもでているので、ご覧くださいな)。実話なのかどうかは別として、民謡採集に新生中国が熱を入れていたのはそのとおりみたいで、この本でもそういうプロジェクトのあったことが書かれている。
とはいえ、2000年以降の経済発展を経ると都会ではこの本に書かれたような伝統音楽や民謡はまず聞けないだろうなあ(と妄想)。これも民俗学の本に加わるだろう。
初出は1990年。日本の音楽大学に留学して、この国の伝統音楽を研究していて、出版社のセミナーが好評だったことで新書にまとめられた。中国が貧しく、民主化が進んでいなくて(天安門事件が出版の前年)、国内外の情報に乏しい時期。なのでか、この中国の学者の文章は謙虚で、品がよく、おしつけがましさがない。気持ちの良い文章を読むことができた。