odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「ドルリー・レーン最後の事件」(ハヤカワ文庫)

 古書がでてくるミステリは、ダニング「死の蔵書」とかロス・キング「謎の蔵書票」(早川書房)とかエーコ「薔薇の名前」(東京創元社)などを読んでいるけど、これはカー「帽子収集狂事件」と同じ時期に書かれた古書ミステリ(範囲を拡張すると、蔵書を数え上げる「グリーン家殺人事件」なんかもあるのだ)。もっと古い探偵小説だと、古書に書かれた暗号が問題になっていたけど、ここでは古書そのものが謎とされる。こういう本に関する本は本好きにそれだけで好ましい。

 でもストーリーはすこしグダグダ気味。ドルリー・レーン氏が出資して理事になっているシェイクスピア関連蔵書を集めたブリタニック博物館というのがある。とある田舎町の教師がニューヨーク見物でここを訪れた時、19人が入り17人がバスに戻った。2人が行方不明。うち一名は博物館の警備員。館長がサム元警視を訪れ、捜査を依頼するが、その現場で重要な古文書である「情熱的な聖地巡歴」1599年のジャガード版が盗まれ、代わりにその存在が知られていたが実物はないとされていた1606年版が残されている。そして盗まれた1599年版は表紙の一部が切り取られ、修理代といっしょに郵送された。
 一方、ブリタニック博物館はイギリスのシェイクスピア研究家ハムネット・セドラー博士を迎え入れることになっていたが、ホテルに入った後、行方が知れなくなる。さらには、この博物館に蔵書を寄贈したサクソン家にエイルズ博士なる男が訪れて、古書に関する交渉をしているらしい。おかしなことには、サム警視の事務所を不思議なかつらと3色のあごひげをつけた男が訪れて、一通の封書を預けている。しかも連絡が取れなくなったら、レーン氏を呼んで同席のうえで開封しろということになる。ここら辺は、なんだかわけがわからない。「情熱的な聖地巡歴」なる本(ないし表紙に裏に隠された文書)をめぐって、愛書家が暗躍しているらしいことがわかる。ここらへんの本の情熱はその種のフェティシズムとかマニアックな心持がないと理解しがたい
 さて、サム警視のもとにチンピラが連れられてきたが、これが博物館見学で行方不明になった男。彼がエイルズ博士に依頼で動いていたことがわかり、アジトを訪れる。その夜、何者かがこのアジトに盗みに入り、部屋をめちゃくちゃにしていった。その翌日、アジトは時限爆弾で破壊され、地下室から銃殺された死体が発見される。ふう、最初の死体が出てくるまでで、全体の80%が経過。
 「○○が犯人」の意外性にとことんこだわった作品。そこは大成功でも、この解決がカタルシスにならないのは、事件の全体に関与している部分が少ないからだろうな。人間消失、稀覯本の行方不明、姿の見えない男の暗躍、そういう面白い趣向がたくさんあった割にはね。もったいない。そのうえ、たぶんこの国で読むときの問題は、最後に現れるシェイクスピアの本にそれほど重大性、重要性を感じないことにあるのだろうな。「薔薇の名前」であの本が現れた時には、とてつもない驚きを感じたのに。

    

 逆に言うと、「邪馬台国の謎」みたいなドメスティックな問題を扱った探偵小説が翻訳されても、この国ほどの関心をもたないだろうということ。
高木彬光「邪馬台国の秘密」(角川文庫)