odd_hatchの読書ノート

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ガブリエル・ガルシア=マルケス「予告された殺人の記録」(新潮文庫)

 プロットを記すと以下のようになる。

 「『わたし』の実家がある田舎町に現れた得体の知れぬ金持ち、バヤルド・サン・ロマン。彼は洗練された身のこなしと強引な性格を合わせ持つが、町の人々からは概ね好意的に受け入れられる。そして彼は、古風な家に生まれ育ったアンヘラ・ビカリオと婚約し、数ヶ月後には祝儀を挙げる。しかし初夜の際、処女でないことが明らかになったアンヘラ・ビカリオは、結婚式の僅か数時間後に、バヤルド・サン・ロマンによって実家に戻される。アンヘラ・ビカリオは、処女を奪った相手が「わたし」の友人であるサンティアゴ・ナサールであると家族に告白する。パブロ・ビカリオとペドロ・ビカリオの双子の兄弟は、妹の名誉を回復するためにサンティアゴ・ナサールを殺害する。」
shuraba.com - 『予告された殺人の記録』ガブリエル・ガルシア = マルケス


 これを作者は5つのパートに分解する。1部はサンティアゴ・ナサールの話。彼はアラブ人と黒人の混血。母と妹がいる。この一家は予告された殺人のことを知らなかった。それはこの出自のせいか。2部はパブロ・ビカリオとペドロ・ビカリオ。元は有数の商家だったが、没落して現在は豚の賭殺と肉の卸で生計を立てている貧しく激情的な一族。たぶん典型的なコロンビア人。3部はバヤルド・サン・ロマン。この閉鎖的な町にやってきた資産家。なぜ金をもっているのかどのような仕事をしているのか得体が知れない。町のカーニバルでみそめたアンヘラに求婚し、町を挙げた結婚披露宴を企画する。4部はアンヘラ・ビカリオ。薄幸で自己主張の少ない少女。処女ではないのだが、処女に見せかけるトリックを使うはずがうまくいかない。初夜の後、彼女が口にした「サンチャゴ」から殺人がスタートする。5部は再びサンティアゴ・ナサールに戻り、殺害に至る最後の一時間を描く。被害者、加害者、事件の中心になる人物が複数の人物の証言に基づいて描写される。人によって見方が変わり、たぶん多くの証言を重ね合わせることによって「客観」的な人物把握に至る、のかしら。こうした書き方は珍しい。
 ここでは、事件はリアルタイムでは進行しない。事件から20年以上たって「わたし」が関係者に聞き取りを行った。その結果が叙述に反映されている。したがって、「彼は○○した。それを見た某は、そのときこういうことをしていて、「このように思った」と語った」ということになる。時間が重層化されて、サンチャゴの、アンヘラの、ビカリオ兄弟のそれぞれの行動が多様な意味を持っていく。すでに終わった視点から事件をみていながら、時間は事件の通りにすすんでいくというのが魅力的な書き方。こういう書き方はボルヘスとかヴォネガットあたりにあったと思う。このガルシア=マルケスも相当の使い手。
 小状況ではとくにアンヘラに注目したい。彼女のみが事件を通じて変化した一人だから。それまでは母の権力の傘下にいて、また町のマチズモに従順であったのが、事件をきっかけにして自己主張を始めるようになる。それがバヤルドに手紙を書くこと(17年間に2000通以上。バヤルドが再会するために彼女を訪れたとき、すべて持参ししかも一通も開封していないというのが、泣かせるじゃないか)。そのほかに、サンチャゴの母のうっかり(バヤルド兄弟がナイフを手にして向かっているのを見て扉を閉ざす。その結果サンチャゴは逃げ道をふさがれ、命を落とす)とか、町長にして退役大佐にして警察権所有者のアポンテ大佐ののんびりさとか。
 中状況では、ここでは町の人々のことに興味を持つとよい。3日間の披露宴会のどんちゃん騒ぎに参加する一方、ビカリオ兄弟の殺人予告(酒場で大声でわめいたのでダダ漏れになっていた)をとめることができない。一方、ビカリオ兄弟の報復を遠くから見守っている。ここではたぶんギリシャ悲劇のコロスの役割。彼らは視線を持つ者、出来事の行く末を知るものであるが、事件に関与しない。文学的な役割だけではなく、この町の掟が彼らを縛っているからだろう。バヤルドという異邦人が町に来て、金を使って町の仕組みをめちゃめちゃにするところから、掟の復讐がはじまったのだ。ただ、掟は異邦人には無関係なのでバヤルドには何も起こらない(酩酊して急性アルコール中毒で倒れた後、町をでていく)。そのかわりに町の中のだれかをスケープ・ゴートに仕立て上げたのだった。それがサンチャゴであり、彼の見た鳥の糞にまみれる夢は聖痕にあたるのか。
 大状況は、世界のグローバル経済化によって共同体が解体するという状況。バヤルドはアメリカあたりの資本の象徴であり、貨幣経済の導入により地域経済を破壊するもの。復讐者の役割を担ったビカリオ兄弟の一人は町を逃れ、山岳ゲリラに参加する。同時に町の男性優位主義も崩れていくだろう。かつての町の有力者は没落し、家や家財を売り飛ばさなければならない(そういう爺さんが登場する)。時代はたぶん1920年代と思われ(バヤルドはT型フォードに乗って町に乗り込むのだ)、グローバル化が進行していたのだった。
 他にもいろいろ指摘できることはたくさんあり、150ページ2時間もかからない読書の時間でありながら、そこから考えることはたくさんある。ここからガルシア=マルケスを読むといいのじゃないかしら。「百年の孤独」に挫折した人であれば。

  

 映画化されていた。

 ああ、「破壊しに、と彼女は言った」の感想で、情痴の殺人には「予告された殺人の記録」があると書いたが、完全な間違い。こちらは名誉の殺人。さて江戸川乱歩のミステリの動機分類に「名誉の殺人」は入っていたかなあ。