odd_hatchの読書ノート

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ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-5 破天荒で突拍子もないエピソードの数々。あまりに日常と逸脱しているのに自然と思わせる場所と文章のマジック。

2016/12/13 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-1 1967年
2016/12/12 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-2 1967年
2016/12/9 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-3 1967年
2016/12/08 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」(新潮社)-4 1967年


 というような歴史や記憶や孤独に関するさまざまなことを考えずとも、この小説の多彩なエピソードを続けざまに読むだけで楽しい。この本は中南米のベストセラーになった。普段本を読まないクラスであるとされる「子守り女」もこぞってこの小説を読んだという話があるくらい。彼女らが楽しめたのは、彼女らの生活世界がリアルに書かれているところにあるだろう。そのうえで涼しい顔をして途方もないほらを吹いているから。人これを「マジック・リアリズム」と呼び、破天荒で突拍子もないエピソードの数々に魅了されたからだろう。思い出すままアトランダムにそういうエピソードを書き上げてみよう。
・ジプシーの持ってくる中世から近代のさまざまな機械に魅了されたホセ・アルカディオ・ブエンディーアが、箱に詰められた巨大なダイヤモンドに驚くと、「そりゃ氷ってもんだ」。
錬金術に凝り、ためていた金貨をるつぼで溶かして数日煮詰めて台無しにする。正気を失うと栗の木につながれるのだが、家族は雨にうたれるのをかわいそうに思って、しゅろで作った屋根をかける(家に収容しないのだ、この憐憫や同情の表現がおかしい)。
バビロニア生まれとも自称するジプシーの荷物を家の一室に入れておく。そこは長年鍵をかけ締め切りにしておいても、埃はたまらず、空気は清浄で、ものは新しいまま。そこに入り浸るホセの前に死んだはずのメルキアデスが亡霊になって現れ、アウレリャーノと会話をかわす。
・最初の人ホセ・アルカディオ・ブエンディーアの死んだとき、空から花が降り、家畜を窒息させ、路上をカーペットのように埋め尽くす。
・教会建立のための寄進を神父が村人に求めるが集まりが悪い。ある日、チョコレートを飲んで空中に浮遊する。
・大佐は32回の叛乱を起こし、17人の女に17人の子を産ませ(のちにこの子供らが一堂に会する)、14回の暗殺と73回の伏兵攻撃を免れ、馬一頭を殺すのに十分なストリキニーネの入ったコーヒーを飲みながら死ななかった。
・もらわれっ子のレベーカは箱に骨を入れて持ち歩いているが、骨はコトコトと音を立てる。
・小町娘のレメディオスは麗しい芳香の体臭でどこを歩いたのかがわかる。次第に顔色が青くなっていき、シーツを身にまとうと風にのって昇天してしまう。
・4年と11か月と2日間の長雨がマコンドに降る。
ウルスラ(家刀自)は盲目になるが匂いで事物を見分け、ほかに人に盲目であると思われなかった。死去したときには子犬を入れてきたバスケットに入るくらいにまで縮んでいた。
 まあこんなところにしておくか。俺が書き直すと全然おもしろくない。作家の文章にはめ込まれることで、ほらとリアルが同時に生まれてくるのだ。抜粋や引用では全く伝わらない。
 適当にページを繰るだけで奇想天外、あるいは悲惨極まりないエピソードを見つけられる。あまりに日常と逸脱しているのに、それらの奇怪な出来事がごく自然であると思われ、あるいは悲惨の極みもまた滑稽で愚かしいできごとのように思える。孤独であっても、彼らの行動はエネルギッシュで、引きこもりにあるものですら、尋常でない熱意で物事にとりかかる(ホセ・アルカディオ・ブエンディーアの錬金術やアウレリャーノ(大佐)の金の小魚の細工であり、ホセ・アルカディオ・セグンドの闘鶏であり、アウレリャーノ(私生児)の羊皮紙読解など)。あるいは人に何かの感情を持つと、その度はずれた行為は生涯続いたりする。こういう情熱の発露もまた奇想天外で破天荒で滑稽極まりない。
 読者である自分はこの物理現実においては、そのような奇想天外さ、破天荒さ、滑稽、悲惨を知らず、べったりとしたのっぺらぼうに漬けられている。退屈で怠惰である読者は、この小説の想像力でばちんと顔をひっぱたかされる。そうすると、べったりとしたのっぺらぼうの物理現実を新しい視点でみることができ、べったりやのっぺらぼうがさまざまな問題を隠しているのも見えてくる。昨日と変わらないだらだらとした現在に歴史が重層的に折りたたまれていて、ちょっと突っ込むだけで歴史の多様性や複雑さが一気に展開・膨張してきて、意味に圧倒される。そういうのは、たとえば、大佐に年金が来ないとか、浮浪児が街中をうろついているとか、企業が従業員に適正な給与を払わないとか、マイノリティを差別して苦しめているとか。以上はこの小説にかかれている例。小説の想像力は読者の現実を励起させる働きがあるわけだ。そういう力強さをもっている小説、文学もまた希少であり、この小説は重要。
 これまでに二度読んでそれぞれ大いに感動した。生きているうちにもう一度読みたいが、新潮社旧版は文字が小さくてねえ。改版は頁数が増えているから文字が大きいのだろうが、できれば文庫にしてください。バルガス=リョサ「緑の家」が文庫になったのだから。アジェンデ「精霊たちの家」、エーコ薔薇の名前」と一緒にお願いします。

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