odd_hatchの読書ノート

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ウィリアム・パウンドストーン「大秘密」(ハヤカワ文庫)

 「真相」はあきらかでないのに「こうではないか」とまことしやかに、繰り返し口端に乗る言説がある。「都市伝説」とかデマとかいうものだ。これらは一般人には検証しようがないので、時間がたったら同じ都市伝説やデマが復活してしまう。否定や打消しの言説や資料がでても、そこまでアクセスする人がいないから、なかなか都市伝説やデマはなくならない。
 この本のすごいのは、アメリカの作家が都市伝説やデマのたぐいを自分で検証しているところ。なにしろレコードの楽曲に逆回転でメッセージが伝わっているというのを、テープに録音し、切り出してさかさにつなぎ直し、繰り返し聞くということをやっているのだ。その手間とコストといったら!
 取り上げられるテーマは
・ファーストフードの秘密のレシピ: KFC、マクドナルド、コカ・コーラ
・紙幣やカードの偽造、コピーすると浮かび上がる「無効」の文字
・心理誘導の切り抜け方: ロールシャッハテスト、ウソ発見器、野球のインチキ
・超能力かイリュージョンか: デイヴィッド・カッパーフィールド、ユリ・ゲラーなど
・秘密のメッセージ: アームストロング船長の言い間違え、レコード、サブリミナル、遺体の冷凍保存産業、精子バンク
 取り上げられたもののなかには、のちにもっと厳しいデバンキングが行われているものがある。他のテーマを取り上げた網羅的な本もある(たとえば一連の「と学会」本)。それらの本を先に読んでいる人には、この本はものたりないだろうが、初出を確認すると、なんと1983年。とすると、これはマーティン・ガードナー「奇妙な論理」(現代教養文庫)と同じくらいの「古典」であるのだ(ただし、邦訳は2000年と「と学会」本に遅れた)。
マーティン・ガードナー「奇妙な論理」(現代教養文庫)
 書かれていることをもう一度まとめるのは野暮なのでやらない。その代りに注目するのは、世の中にはなるほど「陰謀」はある。一方で、露見しないように隠し続けられる「謎」はない。最初のファーストフードのレシピがそうで、いずれのフランチャイザーもレシピは秘密で公開していないことになっているが、著者がやったような調査をすることである程度の確からしいところまでの推測が可能。そこまですると「コカ・コーラにはコカインが含まれている」という言説も、20世紀初頭はいざ知らず、企業がでかくなってからは入れていない。含まれているというのはデマというのが明白になるのだ。心理誘導や「超能力」も同じ。心理学やマジックの文献に「謎」(とその答え)は書かれているのだからね。
 都市伝説やデマの困ったところは、その内容にもあるけど、もうひとつはそこに差別や排外主義も含まれがちなこと。レコードや紙幣やテレビに秘密のメッセージが隠されているというデマから、隠している陰謀集団を妄想して、その構成員とされる民族や人種の差別をあおることになる。それらの都市伝説やデマを広げることが、そのまま差別や排外主義の拡大に加担してしまうこと(本人は無意識のうちに)があるのだ。
 なので、こういう本を読んで、都市伝説やデマをデバンキングして、<この私>の感覚や体験がいかにちゃちで、偏見や思い込みみまみれているかを確認することが必要。都市伝説やデマがいかに思考停止を要求しているかを知ることも重要。2時間もあれば読める本なので、手に取るのは簡単。
 この本には続編があって、「大暴露」「大疑惑」のタイトルで出ている。おもしろそうなのでいつか読みたい。ネット検索して知ったが、この人はなんと「ビル・ゲイツの面接試験」の著者だったのね。思わぬ再会。