odd_hatchの読書ノート

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グロウヴ「フランツ シュウベルト」(岩波文庫)グロウヴ「フランツ シュウベルト」(岩波文庫) 1881年に出版されたたぶんシューベルトの評伝としては最初期のもの

 フランツ・シューベルトは1797年生1827年没、享年31歳。ほぼ全分野(協奏曲がないくらい)にわたって作曲した。生前はほとんど売れず、貧困のうちに死亡。極端な内気(ベートーヴェンに二度会うも一言も口をきけず)もあるけど、チビ(5フィートちょっと)でデブで姿勢が悪く、近視で、非モテ。友人は多数いても、生活の援助にまではいたらず(みな20代だしな)、作品は出版社にたたき売られた。いくつか作品は出版されても、それだけでは生活は成り立たない。それでも多作はやまず、書いたまま引き出しにしまって見返しもしなかった作品が多数あった。それらが発見され、シューマンメンデルスゾーンら次の世代の作曲家の努力で名が知られるようになったのは、死後のこと。

 この本は1881年に、サー・チャールズ・グロウヴが書いたもの。たぶんシューベルトの評伝としては最初期のもの。死後50年近くたっているが、係累は存命ないし直前まで生きていたので、著者はおそらくフランツの弟フェルナンドや妹、友人などから聞き取りができたのだろう。シューベルトのいくつかの有名な挿話(とりわけベートーヴェンに関すること)は、この本が起源なのではないかしら。
 さて、著者はシューベルトのすぐれたところとして
・転調のみごとさ
・旋律の自由闊達さと詩の内容との深い結びつき
・伴奏の充実
・自然描写の見事さ(ロマン派に属するとはいえ、彼は標題作や交響詩には無関心)
・多作(なにしろ歌曲だけでCD60枚だものな。全作品となるといったい何時間になるのかしら。完全なCD・レコード全集はたぶんまだない。)
などをあげる。一方の欠点は、声楽以外の作品での冗長さ(繰り返しの多いこと)、構成の緩いことなどをあげる。
 そうした見方でもって、彼の作品は、歌曲>教会音楽>室内楽管弦楽ピアノ曲>オペラの順に価値があるとする。このあたりは、だいたい現在の見方と同じ。取り上げる主要作品も現在のCDガイドブックとほぼおなじ。
 自分のシューベルトへの興味は、独身者の音楽として。非モテで、リアル生活では恋愛・結婚と無縁であり、ネクラでオタクで、インサイダー相手には陽気でも、コミュニケーション障害を持っていて他人から評価を受けられない単身生活者。彼の音楽は、孤独なつぶやきで、大声で独り言をいっていて、熱を帯びるほどに他人が離れていくようなもの。他人に共感を得ることにはあまり興味がなさそうで、一人遊びと独善と孤独がないまぜになったもの。シューベルトの音楽は聞き手を選ぶと思うが、どうかしら。ブルックナーブラームス、サティなどの男性「独身者」の音楽に共通していると思うのだが、どうでしょう。
 シューベルトが名声を獲得したのは死後であるが、それは遺産相続人である弟フェルナンドがちゃんと楽譜を保管し、出版にこぎつけたから。最初は歌曲から出版され、ドイツ圏内で評判を呼び、それがフランス、イギリスに波及していった。メディアが彼を有名にしていったのであるというのが、面白いところ。まあ、それにシューマンメンデルスゾーンという当代の一流演奏家、評論家がお墨付きを与えたのが決定的になったのだろう。それは18世紀の作曲家とは違った経緯を持っている(バッハやモーツァルトは一度忘れられて、再発見されたのだった)。
 グロウヴはイギリス人であって、思想やイデオロギーとは無縁。ジャーナリストの文章で書いているので、読みにくさはない(翻訳は昭和10年なので、表記に時に面食らうが)。そのかわり章立てがなくて、わかりにくい。構成にこだわるドイツ人の本(たとえばフォルゲル「バッハの生涯と芸術」岩波文庫)とは書き方がずいぶん違うなあ、と思った。

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