odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

青木やよひ「ベートーヴェン・不滅の恋人」(河出文庫)

 1826年3月26日にベートーヴェンが56歳で亡くなった時、唯一の資産といえる株券が見つからなくなっていた。部屋を探したところ秘密の引き出しから発見され、そこに日付と宛名のない手紙3通と女性の肖像画2枚もあった。手紙は熱烈な自筆の恋文(ただし、相手を落ち着かせようとするもので、将来の断念を予想させる内容)だった。相手が特定できないま150年が過ぎる。この「不滅の恋人(手紙の呼びかけ)」の相手はだれかを研究した著者の総決算のノンフィクション。

 相手を特定するまでの手続きが、科学研究のよう。日付と曜日から年がわりだされ、都市名のイニシャルやベートーヴェンがきにかけた郵便馬車の発着スケジュールから都市が割り出され、現地調査からホテルが特定される。そのころのベートーヴェンの筆談帳や手紙から交友関係を割り出し、「不滅の恋人」の条件がまとめられる。彼女らの行動を手紙や日記、公用文書などを読み解くことによって、ついに一人の女性が浮かび上がる。この過程のスリリングなこと、緻密なこと。
 探偵小説は「犯人はおまえだ!」で終わるのだが、現実ではそこから始まる。そうすると、ベートーヴェンは必ずしもロマン・ロランなどが思い描いていたような、醜男でもないし、謹厳実直な道徳観の持ち主でもなく、共和主義を唱えるファナティックな理想主義者でもなく、芸術に身をささげ日常生活に支障をきたすエキセントリックな人間でもない。なるほど厳つい肩に太い眉毛にたくましい身体は優男のものではないが、貴族の女性にはもてていたし、優れたピアノの腕前に感心する貴族やブルジョアの男性も多かったのである。恋文の研究をすると、彼の30代はさまざまな女性と恋愛を繰り返し、ときに結婚を考えたり、生活の基盤をウィーンから別の場所に移動することも計画していたのがわかる。そして、彼の創作意欲が高まるとき、彼には恋人がいた。創作の原動力は彼の恋愛にもあった。1812年前後、ロマン・ロランのいう「傑作の森」(英雄、ラズモフスキー、熱情・ワルトシュタイン・月光)の時期、ヨゼフィーネ・ダイムがいた。彼女が結婚してウィーンを去った後も交友は続いたが、その姉のテレーゼ・ブルンスヴィックとの関係がある。そして「不滅の恋人」の手紙が書かれた1812年には、フランクフルトの実業家フランツ・ブレンターノの妻アントーニアとの恋愛がある。それは交響曲第7・8番が書かれた時期という具合。そして、この手紙のあと、ベートーヴェンに恋愛の破局が訪れる。この破局の理由がとてもドラマティック。過去の恋人との関係が現在をむしばみ、現在の恋人にはとてつもない障害がうまれる。ベートーヴェンは直接にはなにもできないので、苦渋するばかり。
 ベートーヴェンは40歳からの数年間、創作が止まる。なぜ書けなくなったのか。ベートーヴェンは当時としては破格の収入を得ている作曲家であったが、筆談帳などでは金に困り、借金を繰り返している。モーツァルトのような贅沢はしていないのに、なぜ金に困っていたか。ベートーヴェンの「音楽ノート」に書かれた哲学やインド思想などさまざまな本の引用がある。その文献の出所はどこか。これらが「不滅の恋人」の存在によって、一気に合理的な説明ができる。ロマン・ロランらの研究者には「謎」とされていて、神秘化の理由とされていたことが、明瞭になる。
 そういう下世話な、ないしはスキャンダラスな話題にとどまらない。重要なのは彼の創作は「不滅の恋人」が埋め込まれていて、それを通してみると作品の評価をがらりと変わる。とりわけ1820-23年ころの創作。「不滅の恋人」との未練とか悲しみとか、まあさまざまな感情が浄化され、恋人から「魂の」友人に変容した(似たような体験をしているので、とても共感できた)。それが、晩年の傑作群に込められている。「ミサ・ソレムニス」がそう。なによりもピアノ・ソナタop.109、110、111の3つと「ディアベリ変奏曲」。これらの作品の読み直しがとても印象深い。なるほど自分もこれらの作品に惹かれていたが(とくにop.110)、それは創作者の恋愛とその浄化にあるのかと納得した。これまでの思想的遍歴、苦悩の克服という説明よりも、より納得して、作品の表現を味わうことができるようになったと思う。
 もうひとつは、この研究を通してみる、19世紀前半の貴族の女性像。封建主義、絶対主義から共和主義に政治思想が変わったり、フランスで実験が行われる。産業革命の結果、資本家階級が文化の担い手や政治の主導者として表れていく。それはおおむね男の側から描かれるのであるが、女性にも影響が表れている。ベートーヴェンの愛した女性は、このような変化の時代にあって、男性や体制の抑圧を受けながら(政略結婚を親から強要されるとか、夫の不倫を告発できないとか、女は無知でよいという偏見にあうとか)、自己表現を図ろうとする。そして社会や政治に主張する基盤をつくろうとする。通常の歴史書や伝記からは漏れてしまう女性の「解放」の動きが見えてくる。そこがとても新鮮。ちなみに上記のテレーゼやアントーニアは後年慈善事業に熱心であって、それぞれ福祉事業の「母」として称賛されたのだった。
 ロマン・ロラン「ベートーヴェンの生涯」諸井三郎「ベートーヴェン」、山根銀二「孤独の対話」(岩波新書)、フルトヴェングラー「ベートーベンの音楽」「ベートーベンと私たち」などからは、このような市民的ないし人間的なベートーヴェン像はみえてこない。これまで「男」「芸術」「権力」「形而上学」などが見なかったものを見えるようにしたのがこの仕事のすぐれたところ。たくさん読まれてよい。1995年初出。「不滅の恋人」の相手を最初に提唱したのは1959年というから、とても長い根気のいる仕事でした。
 注文があるのは、著者が対象に接近しすぎたのか、説明がもっとほしいところ(ベートーヴェンのバイオグラフィや作品紹介、時代背景など)と、些末な説明になってくどいところなどが散見、混在すること。刈り込みや追加などの編集の手が入ってほしかった。