odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」(創元推理文庫)

 ヴァン・ダインはエジプト美術の専門家だったのかしら。ファイロ・ヴァンスにさかんに蘊蓄を語らせているうえ、エジプトの古文書の翻訳もさせている(「グリーン家」「僧正」の事件で中断したらしい)。では、その蘊蓄が事件にどうかかわっているか、というと心もとない。

 ニューヨークの真ん中の高級アパートに、高名なエジプト学者が住んでいる。数次にわたる古代遺跡の発掘調査でいくつも発見し、高名。そのうえ年下の美人を調査中にみそめて結婚しているというからうらやましい(そのうえ美人は古代エジプト象形文字の読み書きができるという才媛)。私設の美術館ももっていて、書斎から外に出ないで発掘品をチェックすることができる。というのも、この時代の美術に関心を持つ資産家が莫大な援助をしていたから。しかし、1929年の不況は優雅なことを言っていられなくなり、前回調査の収支報告をださないと次回の援助は打ち切るかもしれないといっている。
 エジプト学者は資産家と午前中に打ち合わせをすることになっていたが、アヘンの入ったコーヒーを飲まされ、すっかり遅刻。その間に、人知れずやってきた資産家は美術館の中で頭を割られていた。復讐の女神の像が凶器、死の神の像の前で倒れ、スカラブ(神の象徴)の印璽を手にしていた。この印璽はエジプト学者の持ち物で、被害者の血のついた足跡は学者の書斎につながっている。
 この家に出入りするのは、上記の二人の他、学者の妻、資産家の甥で副館長の青年(学者の妻に横恋慕)、学者の助手の研究者。ほかに発掘中にスカウトして執事にしているエジプト人、数人の女中他。このあと、学者の寝室でエジプトの古代短剣が学者のベッドに刺してあった事件や、助手の研究者がミイラの棺の中で窒息寸前で見つかるなどの事件がおきる。犯罪の証拠はすべて学者を指していて、一時は逮捕もされたが、最初の事件の朦朧状態が決め手になって釈放される。あんまりいろいろなことが起きて逆上した学者は国外逃亡を企てるが、空港で警察に見つかって、しょげた姿で屋敷に戻ってくる。ヴァンスは死体がなぜ印璽をもっているのか、その理由が分かれば事件は解決するというが、いっこうに調査ははかどらない。こういう事件は犯人が次にすることを見極めて、動き出したところをつかまえるのだ、と力説するが、事件には遅れてばかり。
 こうやってサマリーにすると、仕掛けは丸わかりだな。このあとそういう趣向(ここには書けないので秘密の日記に書いておく)のはいくつかでていて、たぶん最初期のひとつ。あと、事件の推移や趣向、雑学は小栗虫太郎黒死館殺人事件」に似ていた。「グリーン家」より、こちらを参考にしたのではないか、と妄想したくなるくらい。
 趣向を除くと、ひどく退屈。尋問、推論の繰り返し。ヴァンス、マーカム、ヒースの書き分けが精いっぱいで、関係者を描写する余裕がない。事件もほとんどうごかない(学者が海外逃亡を企てるくらい)。まあ、ふつうのでき。「グリーン家」「僧正」が偶発的な(と思いたくなる)傑作だったのだと再確認。
(「僧正殺人事件」に続き、法を無視して、勝手に犯罪人を処罰してしまう、。このことに対する問題意識や議論はない。エリート主義には、法治主義を徹底することより、正義が実行されることを優先するのだろう。ここを素通りするのは誤りだと思うが、議論はクイーンのをケーススタディにするのがよい。「Yの悲劇」「盤面の敵」など。)


 自分はクラシックオタクなので、こんなところに注目。

「ヴァンスは事件の話をすることを断って、フィルハーモニック・シンフォニー・オーケストラの新しい指揮者アルツーロ・トスカニーニの話ばかりしていた。(P274)」

 これは1927年にニューヨーク・フィルの常任指揮者になったアルトゥーロ・トスカニーニのこと。ヴァンスは、この指揮者の気質はブラームスベートーヴェンの音楽にあわない、イタリアの香りが発散、純粋な知的美の感覚がない、ドイツ古典音楽はフルトヴェングラーワルターメンゲルベルククレンペラー、ヴィレム・ヴァン・ホーフストラーテンのほうが優っている、と酷評。これが当時のアメリカのスノッブの一般的な評価なのだろう。実際は、一緒にニューヨーク・フィルの常任指揮者になったメンゲルベルクは数年で解任されたが、トスカニーニはコンサートでもオペラでも絶大な人気を博し、そのブラームスベートーヴェンのレコードも高評価で大いに売れた。クレンペラーが並ぶのに違和があった。ベルリンでは大人気だったが、SPはさほどでていなかったので、そこまで名声が届いているとは(調べるとクレンペラーフルトヴェングラーの一つ年上。でもあらえびすの「名曲決定盤」では「非常に聡明な新人」「若いままに過去の人になったきらい」と芳しくない)。
(あとクレンペラーロッテ・レーマンとスキャンダルを起こしたので、そちらで有名だったのかもしれない。
山崎浩太郎のはんぶるオンライン
 トップページから「旧文書庫」にいき、「名づけがたき喜び ロッテ・レーマン」へ。この003-006あたりを参照。この内容はwikiでは触れられていない)。
 最後のホーフストラーテンは知らない指揮者だったが、調べると1920-30年代のニューヨークフィルの常連だったらしい。ピアニスト、エリー・ナイの旦那で、夫婦によるベートーヴェンの協奏曲の録音があるという。これ以外の録音が見当たらないので、この国ではほぼ誰も知らないまま。あらえびすの本にも出てこない(エリー・ナイには数行触れているが、夫との共演は無記載)。